2017年11月29日
研究と表現のかい離について
マルクスがどうにもわからなかった研究対象は貨幣だが、貨幣自体の意味がわからなかったのではなく、(むしろそんなことは瑣末なことにすぎなかった)なぜ貨幣は貨幣なのかということであった。貨幣の理解不能性を実感したそのプロセスそのものが謎だった。 謎を謎たらしめるために表現した「資本論」自体の謎を通じて今度は私がその謎を続けることができる。問題は物そのものではなく物を物たらしめる関係性である。
「私の弁証的方法は、ヘーゲルとまったく逆なのだ。ヘーゲルの場合思考の過程こそ、現実にあるものを作り出す中心であって、現実にあるものは、思考の過程とは何の関係もないのである。しかもヘーゲルは、思考の過程をイデ―という名前で独立した主体に変えてしうまうのである。逆に私の場合、イデーなるものは、人間の頭脳に移転され、移し替えられた物質的なものにほかならないのだ」
内山禅師のテキストのイメージを再び引用したい。この二つの図ですべては氷解する。何もわからないということを!私たちはまだ見ぬ未来に向って幾度でも進化することが可能だ。
2015年1月17日
時禱詩集 リルケ
リルケの詩を読んでいる。志村ふくみさんが書かれた本の中にコピペされているテキストである。志村さんのリルケの熱い思いから説明されてあるが、そのテキストはぜんぜん心に入ってこない。志村さんのせいではない。詩の中のことばが独り歩きしてわたしの心に届いている。だからこそ、志村さんの散文が完璧にリルケのことばを捉えてあればあるほど、志村さんの散文は私にとってじゃまなのである。
私が読んでいるという感覚が消え去って、ことば自身が直接私の意識内で響いている。むこうからやってくる。感情などなんの防御にもならない。読後の感動はない。そこではわたしがリルケの思いを引き継いでいる。
言葉は言葉にすぎないんだね。不安が同時にある。でも天上を見上げるリルケの言葉は私にも届いているんだね。
私が読んでいるという感覚が消え去って、ことば自身が直接私の意識内で響いている。むこうからやってくる。感情などなんの防御にもならない。読後の感動はない。そこではわたしがリルケの思いを引き継いでいる。
言葉は言葉にすぎないんだね。不安が同時にある。でも天上を見上げるリルケの言葉は私にも届いているんだね。
2015年1月6日
詩経国風 雨月物語
雨月物語の原文が心地よい。読書という行為は目を起点にしつつも五感を越えた感覚をもたらしてくれるという意味で私自身の意識を越えた世界を文字通り見せてくれる。その証拠に偶然図書館で借りていた詩経の本がするすると読めるような気にさせてくれる。もちろん漢文は中国語そのものの本テキストだからなにを表現したのかは皆目わからないが、詩という形態そのものの呪術性が直接わたしの心に入ってくるような気がしたのでした。そして散文としての白川氏の理解した世界が直接(表現という抽象行為を経ずして)わたしに入ってくるのです。中国、正確を期するならば漢字を使うネイティブを理解せずして、現在使用している日本語のネイティブにはなれないのだという心の奥底からわきあがる問いを共有するのです。
読書とは共有であって、わたしとあなたの差異を抽象するためにあるのではないのだということがわかる。そして問題そのものがわたしの問いに呼応するかのように文字としてある不思議。
漢文の素養があれば、ものごころのつかないうちに強制的にたたき込まれていたならば作文能力はおろか、日常会話にいたるまで、あるいは心内語にいたるまで滞りなく行われていただろう。もっと言うなら、心の悩みと現在思われている現象が実は言語使用能力の問題であっただろう。
でもこうなってしまったわたくしにとって小さな政治的意図であったとしても、文句を明治維新政府の役人に言ってもはじまらない。なにより極東アジアのかたすみの小さなわたくしの自閉と逡巡があればこそ、漢字文化の対象化が可能であったのだからとわたくしの心は言う。言語はみたり聞いたり書いたり読んだりしているうちにわたしの心を乗っ取りすらしたけれども、わたくしはわたくしに反乱することなしにわたくしに出会わないということを思わせてくれるものもやはり言語なのだ。言語はそれそのものを無化することによってわたくしをわたくしたらしめてくれる。わたくしがわたくしそのものであるためにはそのような無を耐えられるように訓練することを避けてはならないのだということを教えてくれる。詩とは言語そのものである。時間が経てば記録に過ぎない。そして記録を残すのは人間ではない。詩そのものがわたくしなのであるから。
読書とは共有であって、わたしとあなたの差異を抽象するためにあるのではないのだということがわかる。そして問題そのものがわたしの問いに呼応するかのように文字としてある不思議。
漢文の素養があれば、ものごころのつかないうちに強制的にたたき込まれていたならば作文能力はおろか、日常会話にいたるまで、あるいは心内語にいたるまで滞りなく行われていただろう。もっと言うなら、心の悩みと現在思われている現象が実は言語使用能力の問題であっただろう。
でもこうなってしまったわたくしにとって小さな政治的意図であったとしても、文句を明治維新政府の役人に言ってもはじまらない。なにより極東アジアのかたすみの小さなわたくしの自閉と逡巡があればこそ、漢字文化の対象化が可能であったのだからとわたくしの心は言う。言語はみたり聞いたり書いたり読んだりしているうちにわたしの心を乗っ取りすらしたけれども、わたくしはわたくしに反乱することなしにわたくしに出会わないということを思わせてくれるものもやはり言語なのだ。言語はそれそのものを無化することによってわたくしをわたくしたらしめてくれる。わたくしがわたくしそのものであるためにはそのような無を耐えられるように訓練することを避けてはならないのだということを教えてくれる。詩とは言語そのものである。時間が経てば記録に過ぎない。そして記録を残すのは人間ではない。詩そのものがわたくしなのであるから。
2014年3月16日
民族。
図書館で借りた『海女の島ー舳倉島』F・マライーニ を読む。舳倉島は輪島の沖合30キロぐらいのところにある天領です。(今もそうなんちゃうか)輪島市に属していて、渡り鳥の希少種も寄るらしくて、バードウオッチング愛好者や観光客も近年は多いと聞くが、ついこの前までは海士町(500年前ぐらいに九州から渡来したらしい)の人のものでした。別に脅すわけでもなく、法的規制に頼るでもなく、言うまでもなくあの島は彼ら彼女らのものだという印象はわたしだけではないと思う。
海士町はほんの小さなブロックにあります。文字通り中上健次的な路地を彷彿とさせてくれます。身体能力に優れ(ローマ・メルボルンオリンピックにて銀メダリストを輩出)、小学生の時から煙草を吸ったりしていたり、中には秀才もいたが、総じて勉強嫌いで(高校を出た者がいじめられる)男も女も中学を卒業すれば海で飯を食べていく。私は気がついていなかったが、文字通り私のように輪島市民全員が彼ら彼女らを差別してきた。(わたしの印象に過ぎませんが、使用する方言が明らかに違うことや、マイノリティーであることは間違いのない事実です。)
著者はイタリア人。最初はエスニックな裸の海女という興味からだったらしいが、いっしょに短期間寝食をともにして、もっと大きくておおらかなものを海女に感じ始める。本の口絵にウエットスーツが普及する前の薄い腰布以外は裸のままの肉感的写真が30枚近くあって、エロチックなだけではないものを感じた著者もうまく言い切れていないのですが、簡単に言葉にできるような人間の感覚では無いのでしょう。文化人類学的に日本人は元来裸に抵抗が無いというのとも違うな。それだけじゃない。
海士町はほんの小さなブロックにあります。文字通り中上健次的な路地を彷彿とさせてくれます。身体能力に優れ(ローマ・メルボルンオリンピックにて銀メダリストを輩出)、小学生の時から煙草を吸ったりしていたり、中には秀才もいたが、総じて勉強嫌いで(高校を出た者がいじめられる)男も女も中学を卒業すれば海で飯を食べていく。私は気がついていなかったが、文字通り私のように輪島市民全員が彼ら彼女らを差別してきた。(わたしの印象に過ぎませんが、使用する方言が明らかに違うことや、マイノリティーであることは間違いのない事実です。)
著者はイタリア人。最初はエスニックな裸の海女という興味からだったらしいが、いっしょに短期間寝食をともにして、もっと大きくておおらかなものを海女に感じ始める。本の口絵にウエットスーツが普及する前の薄い腰布以外は裸のままの肉感的写真が30枚近くあって、エロチックなだけではないものを感じた著者もうまく言い切れていないのですが、簡単に言葉にできるような人間の感覚では無いのでしょう。文化人類学的に日本人は元来裸に抵抗が無いというのとも違うな。それだけじゃない。
著者がふるさとのシチリアの同じような小さな漁村を思い出すが、欧米人の目に止まるエスニックというのは、海士町のように被差別と自覚しながらも、何世代にもわたって生きてきた強さ、きままに生きているように見えて、外部には知られることのない厳格なしきたりを素直に忠実に生きてきた歴史を持つもののことを言うのだろう。自分からエスニックを演じるナイーブな日本人の美しい日本なんぞ、とうの昔に見限られてるのだ。
羽咋市出身の妻はその海士町の厳格なしきたりの中の厄払いの儀式に大勢の海士町の33才とともに参加したのでした。ナイーブな差別者たる私からすればおまえすげえなあーと、感心するより手がないのでした。海士町で風呂屋の姉ちゃんとして名前が知れ渡っているのです。ナイーブに中央に土下座する輪島市で海士町がどれだけ多様性への扉を担保してきたかは輪島市民全員で共有すべきものと強く私自身は思う。
今私の住んでいる三井地区だって明らかに使用する方言が違う。とりわけ与呂見地区は三井町の南端、能都町と境界を接する地点にありなおさら輪島市市街地育ちの私からするとイントネーションや発語速度が違う。小さな谷筋が違うだけで隣村とは世界に対する認識も違うのである。
市街地育ちの私はお父ちゃんが門前町の秘境皆月出身で、お母ちゃんが能登島町出身のひ孫の間に生まれた、お父ちゃん側からは門前町系2世、(輪島市で3本指に入る商人だった)お母ちゃんのひいじいさんからみれば能登島町系4世なわけで、輪島市街はそうした2世、3世、4世のるつぼなわけです。市域全体の3パーセントの面積に全人口の半分近くが住む都市区域、文字通り都市なのです。
輪島市という僻地は見方を変えれば農村地区を含めれば、その全体がマイノリティーの平和的共存という歴史を持つ、まれにみる多様性に満ちた場所なのだと私自身は強く思う。
blogger 2013年3月16日(更新:2021年11月22日)(最終更新2025年11月6日)
2013年11月26日
絶対王朝。
古本屋の殴り書き: 文字は絶対王朝から生まれる/『白川静の世界 漢字のものがたり』別冊太陽
日中戦争時の大本営や、現在の福島原発への対応を考えると、絶対王朝が無いことが想像できる。白川氏はそのことを深く理解されていたのでしょう。意図的なのでしょうか、いつのまにかなのでしょうか。
朝からテレビのワイドショーを見続けていても、特定秘密保護法案を採決するという緊張のかけらもない日常で、昼を過ぎてもミヤネ屋の冒頭でNHKのアナウンサーのゴシップをとりあげており、夕方に採決を強行するのに違いないと思っていると、ふとネットを見れば、すでに午前中に委員会採決が行なわれていたらしいことに気づいたのは午後を半ばをすぎていた。
今頃になって、自民党の法案を読んでいる。秘密指定者は何が秘密かも知られてはならない。ひょんなことで漏らしても罰せられる。また、秘密を保持するにたる資格を得た者も同様である。自衛隊法に同様の秘密保持規定があるらしい。万単位の秘密がすでにあったらしい。開示された1件の秘密を除いて、永遠にそれを知ることができない。それそのものが抽象されたもの、記号化された象徴、伝説、噂、など、限りなくそれそのものに似た情報ならば、無限に知ることができる。
絶対王朝は必ず、秘密を持つ。秘密そのものが王朝であるということも成立する。秘密を確実に守る方法は秘密を持つ者を殺すことである。血を見ないように秘密が共有される空間自体を拡げるという方法もあるが、瞬間的な漏洩の危機を絶えず持つ。秘密そのものが王権である。そのような歴史のない民族の中の、抽象的議員内閣の長に秘密のなんたるかはわからない。せいぜいが、おじいさんの時代の幼稚な世界の断片ぐらいか。安倍と毛沢東の名前を量りにかけよ。比すべくもない。秘密を保持するにたる意識を持てるのか!
二世議員の幼稚な集団がなぜに、かように、急ぐのか。あきらかに、反対もしくは疑念を持った国民がほとんどである。そして、テレビはなぜに、かくも静かなのか。わかっているくせに、知らないふりをしてきたのは、そもそものハジマリからか。
日中戦争時の大本営や、現在の福島原発への対応を考えると、絶対王朝が無いことが想像できる。白川氏はそのことを深く理解されていたのでしょう。意図的なのでしょうか、いつのまにかなのでしょうか。
朝からテレビのワイドショーを見続けていても、特定秘密保護法案を採決するという緊張のかけらもない日常で、昼を過ぎてもミヤネ屋の冒頭でNHKのアナウンサーのゴシップをとりあげており、夕方に採決を強行するのに違いないと思っていると、ふとネットを見れば、すでに午前中に委員会採決が行なわれていたらしいことに気づいたのは午後を半ばをすぎていた。
今頃になって、自民党の法案を読んでいる。秘密指定者は何が秘密かも知られてはならない。ひょんなことで漏らしても罰せられる。また、秘密を保持するにたる資格を得た者も同様である。自衛隊法に同様の秘密保持規定があるらしい。万単位の秘密がすでにあったらしい。開示された1件の秘密を除いて、永遠にそれを知ることができない。それそのものが抽象されたもの、記号化された象徴、伝説、噂、など、限りなくそれそのものに似た情報ならば、無限に知ることができる。
絶対王朝は必ず、秘密を持つ。秘密そのものが王朝であるということも成立する。秘密を確実に守る方法は秘密を持つ者を殺すことである。血を見ないように秘密が共有される空間自体を拡げるという方法もあるが、瞬間的な漏洩の危機を絶えず持つ。秘密そのものが王権である。そのような歴史のない民族の中の、抽象的議員内閣の長に秘密のなんたるかはわからない。せいぜいが、おじいさんの時代の幼稚な世界の断片ぐらいか。安倍と毛沢東の名前を量りにかけよ。比すべくもない。秘密を保持するにたる意識を持てるのか!
二世議員の幼稚な集団がなぜに、かように、急ぐのか。あきらかに、反対もしくは疑念を持った国民がほとんどである。そして、テレビはなぜに、かくも静かなのか。わかっているくせに、知らないふりをしてきたのは、そもそものハジマリからか。
2013年7月29日
無題。(至上の理解者は最悪の誤解をしている!)
あいかわらず、わけのわからないことを書いている。自分に正直であれと思うほど、アタマに浮かぶわけのわからない文章を許してしまう。意味の生じない文章を書く力がほしい。天邪鬼であってはならないが、言語そのものを感じたい。言語が記号であるということをスタート地点とするならば、言語そのものを説明することは不可能である。しかし、破綻した文章、すなわち絶望的な文章は、それが言語ではないというただ一点により、言語そのものを間接的に説明することができる。色も匂いも重さもないその場所をあらわすためには、言語で言語を説明しようとする行いよりは、悪くないし、間違ってもいないと。それそのものはあるのならば、ないのではない。などと言っても、どうにもならない。
先日、BS放送で、どこかの民放局が1956年産のコメディー映画をやっていて、たまたま見た。くっだらねえと悪態をつきながら、なんかの溜飲を下げていると、ほんの2分も経たないうちに映画にのめりこんでしまった。ストーリーが完璧ゆえに、くっだらねえプロットが逆に人の生活そのものを描き出すのに有効であることがわかる。人を笑わせるためには今現在ある人の至高の標準的生活そのものを壊さなければならない。そして何より、普通の生活を骨の髄まで知り尽くしていなければならない。やはり一瞬でも意識が壊れたことの無いものには喜劇など到底不可能であることがわかる。さすが、目に見えない原子力発電にエネルギーのほとんどを頼ることを決定した国家だと思う。それに大好きなデリダやソシュールもネイティブとしての言語はフランス語だったのではないのかしら。(あんまり細かいこと言わないでください)明治維新政府は近代の国体をフランス人に真似たらしいのもわかる。自分の言語が音声的に世界一であると確信していることもここでは清々しい。
ソシュールに関しては、今このおれさまが、言葉をしゃべっているということ気付くことのきっかけを作ったスゴイ人だと思っている。ソシュール自身はいま、私が言葉を話していることに気づいたとき失神も絶望もしなかったのだろうか。ソシュールの以前にもたくさんの人が気づいたではあろうが、そのことを説明できるそれこそ言語を持つまでになんという長い年月を費やしたことだろうか。今では、言葉を話すから人間であるという転倒が平気で行われていることを誰も不思議とは思わないのはなぜであろうか。彼自身は著作を残さず、沈黙してこの世界を去ったと言われているが、彼の沈黙が現在の(現在よりもちょっと昔か)構造主義と呼ばれる磁場を作ったのは自明の理である。
田んぼで稲を育てようとしても、畑で野菜をどしどしこしらえようとしても、あるいはよき父としてなどとは言わないが、普通の家庭を築こうとしても、何かを始めようとするときに必ず、去来する寂しくて無力で虚無な感じ。そうした癖が私の意識にはあって、しかも、このことをまず説明してからではないと何事も始めてはならないと思っていた。が、これは今となって見れば、たんなるグズでのろまでこざかしい言い訳にしか過ぎないとは思う。再び、が、ミタビしかし、わたくしという一個の特殊現象をそもそも社会的言語にて説明するという間違いに気づくためにはとても、有効な遅延行為であったと思う。今50才を越えて、大脳の生理学的年齢も古くなり、記憶力、思考力などの能力も衰えて、しかもスタートラインでのぼたんのかけ違えに気づいたことは、わたくしという個人的現象にとっては何の意味がなくとも、社会的には非常に有効な検体となりうるのは間違いのないことであると思う。(犯罪者が明確に正義を輪郭づけるように)
われわれは物語を脱して小説世界を維持できるかが、晩年の中上健次のとらわれだったように思う。文学者はそもそも破綻しているがゆえに世界を求めざるを得ないのだと。日本の俳諧には何かまだわれわれの知らない魅力があるように思える。否、日本語そのものにわれわれネイティブがネイティブであるがゆえに気付くことのできない磁場があるように思える。音声(的)言語だけをランガージュとするソシュール、書かれたものの中にエクリチュールを発見したデリダ、その両者ともによだれを垂らさんばかりに日本の書物を手に取るに違いない。
日雇いに 明日も行けと 暦言う
先日、BS放送で、どこかの民放局が1956年産のコメディー映画をやっていて、たまたま見た。くっだらねえと悪態をつきながら、なんかの溜飲を下げていると、ほんの2分も経たないうちに映画にのめりこんでしまった。ストーリーが完璧ゆえに、くっだらねえプロットが逆に人の生活そのものを描き出すのに有効であることがわかる。人を笑わせるためには今現在ある人の至高の標準的生活そのものを壊さなければならない。そして何より、普通の生活を骨の髄まで知り尽くしていなければならない。やはり一瞬でも意識が壊れたことの無いものには喜劇など到底不可能であることがわかる。さすが、目に見えない原子力発電にエネルギーのほとんどを頼ることを決定した国家だと思う。それに大好きなデリダやソシュールもネイティブとしての言語はフランス語だったのではないのかしら。(あんまり細かいこと言わないでください)明治維新政府は近代の国体をフランス人に真似たらしいのもわかる。自分の言語が音声的に世界一であると確信していることもここでは清々しい。
ソシュールに関しては、今このおれさまが、言葉をしゃべっているということ気付くことのきっかけを作ったスゴイ人だと思っている。ソシュール自身はいま、私が言葉を話していることに気づいたとき失神も絶望もしなかったのだろうか。ソシュールの以前にもたくさんの人が気づいたではあろうが、そのことを説明できるそれこそ言語を持つまでになんという長い年月を費やしたことだろうか。今では、言葉を話すから人間であるという転倒が平気で行われていることを誰も不思議とは思わないのはなぜであろうか。彼自身は著作を残さず、沈黙してこの世界を去ったと言われているが、彼の沈黙が現在の(現在よりもちょっと昔か)構造主義と呼ばれる磁場を作ったのは自明の理である。
田んぼで稲を育てようとしても、畑で野菜をどしどしこしらえようとしても、あるいはよき父としてなどとは言わないが、普通の家庭を築こうとしても、何かを始めようとするときに必ず、去来する寂しくて無力で虚無な感じ。そうした癖が私の意識にはあって、しかも、このことをまず説明してからではないと何事も始めてはならないと思っていた。が、これは今となって見れば、たんなるグズでのろまでこざかしい言い訳にしか過ぎないとは思う。再び、が、ミタビしかし、わたくしという一個の特殊現象をそもそも社会的言語にて説明するという間違いに気づくためにはとても、有効な遅延行為であったと思う。今50才を越えて、大脳の生理学的年齢も古くなり、記憶力、思考力などの能力も衰えて、しかもスタートラインでのぼたんのかけ違えに気づいたことは、わたくしという個人的現象にとっては何の意味がなくとも、社会的には非常に有効な検体となりうるのは間違いのないことであると思う。(犯罪者が明確に正義を輪郭づけるように)
われわれは物語を脱して小説世界を維持できるかが、晩年の中上健次のとらわれだったように思う。文学者はそもそも破綻しているがゆえに世界を求めざるを得ないのだと。日本の俳諧には何かまだわれわれの知らない魅力があるように思える。否、日本語そのものにわれわれネイティブがネイティブであるがゆえに気付くことのできない磁場があるように思える。音声(的)言語だけをランガージュとするソシュール、書かれたものの中にエクリチュールを発見したデリダ、その両者ともによだれを垂らさんばかりに日本の書物を手に取るに違いない。
日雇いに 明日も行けと 暦言う
2013年7月18日
読書感想文。蕪村句集。
久しぶりに本を手に取り読む。蕪村句集。明治のスター俳人たちの解説がすこぶる面白い会話体をとっているのを読むと明日にさしつかえると、太字になった句のみを追う。月並みという批評が再三入るようではあるが、子規の言わんとしたように、数学的に五七五の17文字の組み合わせには限りがあるであろう。
が結構長く続いていて、今も尚、この詩形に魅せられている人は多い。想像するにまったく同音同意義の二つの句も、読む人によってまったく違うテキストと感じるのではないか。わたくしが今日思うことは、製作者の視野に絶望がかぶさっているのかどうかが分岐点であるということ。その絶望は他の誰でもない文字をつらねた製作者自身のものでなければならない。自己が自己に対面する時、このような感情をまず一番に感じないものは作句をしても意味がない。
そして、詠ずるだけでは不完全な形体でもある。必ず書かなければならない。伝わるのはその時、その場所での感情そのものではなく、彼自身が出会った自分自身の絶望そのものなのである。もはや、時間が彼なのであり、場所が彼自身なのであるのだから。その時、その場所で立っていた自分自身、その全体を過不足ゼロで納めることができる!そして詠ずることができるならば最高だ。
長く、伝承されてきたものは、こうした形式そのものが書かれたという事実そのものなのかもしれないのである。技術的に申すならば、助詞に厖大な責任が課せられていることがわかる。レトリックに限りなく近いが、そうではない。一語一語の倒置やあり得ない終止形など、技ではなく、わたくしの今のこの思いを形にするという義務が課せられた、出来上がった形からわたくしが表現されてしまう、いかなる知識や新規な感覚もここではまったく関係が無い心そのものが、それぞれの孤独な場所で形作られる形式に、技術など入り込むわけがないではないか。
絶望を希望に転倒させるためにあるのではなく、絶望を絶望のままに書きとどめることができるのだと思う。まったく知らなかった自分が発見されるのである。あるいは、見ていなかった。あるいは気付かないふりをしていた自分。
今さらながら、語彙を増やすよりは、助詞の力を感じながら、ネイティブとしての日本語を客観的に見て行けたらと思う。
日雇いに 明日も行けと 暦言う
が結構長く続いていて、今も尚、この詩形に魅せられている人は多い。想像するにまったく同音同意義の二つの句も、読む人によってまったく違うテキストと感じるのではないか。わたくしが今日思うことは、製作者の視野に絶望がかぶさっているのかどうかが分岐点であるということ。その絶望は他の誰でもない文字をつらねた製作者自身のものでなければならない。自己が自己に対面する時、このような感情をまず一番に感じないものは作句をしても意味がない。
そして、詠ずるだけでは不完全な形体でもある。必ず書かなければならない。伝わるのはその時、その場所での感情そのものではなく、彼自身が出会った自分自身の絶望そのものなのである。もはや、時間が彼なのであり、場所が彼自身なのであるのだから。その時、その場所で立っていた自分自身、その全体を過不足ゼロで納めることができる!そして詠ずることができるならば最高だ。
長く、伝承されてきたものは、こうした形式そのものが書かれたという事実そのものなのかもしれないのである。技術的に申すならば、助詞に厖大な責任が課せられていることがわかる。レトリックに限りなく近いが、そうではない。一語一語の倒置やあり得ない終止形など、技ではなく、わたくしの今のこの思いを形にするという義務が課せられた、出来上がった形からわたくしが表現されてしまう、いかなる知識や新規な感覚もここではまったく関係が無い心そのものが、それぞれの孤独な場所で形作られる形式に、技術など入り込むわけがないではないか。
絶望を希望に転倒させるためにあるのではなく、絶望を絶望のままに書きとどめることができるのだと思う。まったく知らなかった自分が発見されるのである。あるいは、見ていなかった。あるいは気付かないふりをしていた自分。
今さらながら、語彙を増やすよりは、助詞の力を感じながら、ネイティブとしての日本語を客観的に見て行けたらと思う。
日雇いに 明日も行けと 暦言う
2013年5月15日
こかせてください。
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| ryushou寺前デカ田の裏山に道があります。5年ほど前に炭窯がつくられました。→わじゅカタルへ |
よく考えれば、古い言葉は自分にとっての他物として封印されているがゆえに、現行の意識がどうにかこうにか、古い書かれたモノを認識できるようになるということは、他文明では考えられないような出来事をもたらすのではないかという淡い希望です。なぜ、唐突にこのように言うかと言えば、yoromiのような僻村にて、連日田んぼに入っていると風景を描写しようとすると、あまり使えるような言葉がなく、(かえって、測量、土木系の専門用語が機能せざるを得ないという気がします)もしかしたら、長い文章を重ねることなく、たったの一語で目の前の瞬間を書きとめることができるのではないかと思えるのです。(かろうじて、芥川龍之介の中期の伝記的作品にその名残があるような気がします)
小学校から漢文をはじめとする難しい勉強をしておけばと思ったりします。良かれと思ってという明治時代の官僚の方々の努力がかえって、自分自身を表現する時に、その行為を阻害する働きをしていると思うのです。われわれ、現在に生きる者は明治時代以前を博物学的にとらえるより手立てが無いのです。
古い言葉は消えてしまってはいない。無用の長物としての厖大な古書を、今一度、じっくりと味わってみたい。
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| itayaAさん、朝の読経後、くりの窓を拭いておられます。 |
2013年4月8日
PTA会長任期終了。ただのゴミ野郎に戻りました。(といってもまだ福会長)
日雇い仕事ばっかしていて、結構ハードな現場が続いたので、更新をすっぽかしていたら、もうめんどくさくなってしまった。更新が。かといって、やめる理由もない。かといって、なんでブログなんか始めたのかも忘れてしまった。最後はうそだな。ありあまる自意識を誰かほめてくれんかと思って始めたのは忘れもしないのだ。yoromiで呆けて暮しているわけだけれども、日雇いの現場は賃労働なのだから、社会的な行動っつうもんを意識しないといけないんで、しかも、親方がおるわけで、そのもとでヒエラルキッシュな存在をキープせなあかんもんで、さらに又、行き帰りのドライブが長いもんだから妄想大会もすこぶるはげしくて、この意識をどないすればいいんやとちょっとひきこもってyoromiモードに戻そうとしたのだが、うまくいかず、悶々と今日の新車庫の建前を迎えたのであった。ezakiMさんやsobakiri jinも来ていて、さらにmurata住職、にgenさんもいる。みんな現場仕事に習熟されていて、遠慮深くないので、ようするに親方、船頭が多い。ふと、故itayaさんがよぎる。そして、まだ死んではいないが、日雇い現場で楽しませてもらっている我が友、ワッキーもまたよぎる。わしみたいに仕事のできない奴は遠くから流し眼で見てた方がケガせんでいいと思う。ゆっくりと目の前に自分のできそうなことが生じたらなんとかそれをこなそうと決めるとワイワイと建前が進行していく様子を眺めるのは心持がすこぶる良い。しかし、みんなうまいこと釘を打つわい。みんなうまいこと帳尻を見つけるわい。
ついでに、西川ミニ農園の水はけのために、ふっかーい溝をユンボで掘ってもらったのだった。小さいとはいえ、重機はすげえや。そういえば、kanazawaから、hataoさん、ryoukou廣成寺住職と建築士の方方がいらっしゃっていた。
追記。
アンドロイドタブレットで青空文庫版で大杉栄の諸作品を読んでおります。アナーキストなぞとたいそうな冠をかぶせられた人たちは、なんと気のやさしくて、小さくて、と痛感し共感しております。「生の拡充」を読むと、征服と反抗という図式から入らぬテキストなど、たとえ文学なんぞという冠をかぶせても私は許さないと。私も常にそこが気になっていたのです。しかもテキストと言った途端にじわじわと征服者のDNAも浸入しているわけで、神経の細い人など、たやすく、誰一人信じられなくなるということになると思われる。ある種の鈍感さは、ここではありだなと。以外だったのは、彼は警察ではなく軍人に殺されたということでした。
ついでに、西川ミニ農園の水はけのために、ふっかーい溝をユンボで掘ってもらったのだった。小さいとはいえ、重機はすげえや。そういえば、kanazawaから、hataoさん、ryoukou廣成寺住職と建築士の方方がいらっしゃっていた。
追記。
アンドロイドタブレットで青空文庫版で大杉栄の諸作品を読んでおります。アナーキストなぞとたいそうな冠をかぶせられた人たちは、なんと気のやさしくて、小さくて、と痛感し共感しております。「生の拡充」を読むと、征服と反抗という図式から入らぬテキストなど、たとえ文学なんぞという冠をかぶせても私は許さないと。私も常にそこが気になっていたのです。しかもテキストと言った途端にじわじわと征服者のDNAも浸入しているわけで、神経の細い人など、たやすく、誰一人信じられなくなるということになると思われる。ある種の鈍感さは、ここではありだなと。以外だったのは、彼は警察ではなく軍人に殺されたということでした。
2013年3月4日
漏電。loading
北海道や青森ほどではないけれども、積雪は思わぬ被害をもたらします。たとえば昨日などはお米の精米をしていていきなり精米器が止まった。夜おそかった(言い訳)から、今日先日、murata住職に言われていたどおりに、まれに出ていた太陽で精米器のポンプを干す。ふと、漏電ブレーカーは作動していないだろうかと配電盤を見ると降りていた。スイッチを戻すとポンプが作動する音が聞こえたのだが、すぐに収まった。いつもより大きな音だったから気になった。
まっ帰ろうかと倉庫あたりでうろちょろしていたら、itayaさんとyasumuraさんがおいでた。yasumuraさんはギリシャ古典文学のプロフェッサーでひさしぶりにkanazawaの大学にて集中講義があったついでにyoromiにおいでたのです。英国の格式高い大学にて学んだりしていた言わずもがなのインテリで、背筋がしゃんと立っている凛々しきお姿に思わず「あいかわらず、お麗しい」と言ってしまいました。なんだか知的な会話をやらかしたくなって、ちょうど昨日、小委員会に行く前にざざっと呼んだヴォルテールの「カンディード」の話題を持ちかけると、まことに鮮やかにわたくしは知りませんが、ときっぱりと言われた。本物のプロフェッサーが放つ「知りません」と言う言葉は、かえって私には研究対象に対する深さが想像されて気持がよかった。カンディードはなんだか好きで自分の本棚から、なかなか離れない本の中の一冊なのです。その理由は小説最終行、主人公カンディードの言葉が大好きだからなのです。
「何はともあれ、わたしたちの畑を耕さねばなりません」
フランス革命後、絶対王政の崩壊による混乱の中を生き抜いたヴォルテール自身の一生のごときものがパロディーとして、一冊を駆け抜けているのです。東洋人にはわからないようなキリスト教やユダヤ人に対する風刺が文学として結晶していると思うのです。ただギリシャローマを知らずにキリスト教も踏み絵で撃退できると思うような心性から見ているせいなのか、逆にカタログの用語説明のような感じで西洋文明、とりわけフランスから見た世界が総覧できたような気にさせてくれるのです。岩波文庫にて、たったの172ページの中にです。(日本も踏み絵の国として登場している!)
文学って、人には見えないもの、を言葉にて見えるようにするという重大な役割を人類上になっているのですよね。と聞くとホメロスに純情を奪われたかのような少女に帰られたような輝く瞳を見せてくださいました。先生のような口調はこのような時には、なんとも心地よい響きを与えてくれます。kawasakiのお宅で、小さな畑も開墾されているとのことで、yoromi特製ボカシ肥料を大きな麻袋ごと持って帰られました。ジャガイモおいしいのよお。
さて、清々しい青空なのですが、何か引っかかるものがある。so 水だ。ポンプだ。自家水道だ。
とにかく下の貯水タンク&ポンプを見に行くと水は十分にある。よしよし。水が無いからポンプは自動停止したんだな。せっかくだからと上の方に向う。フタを開けてよく見ると水位が低かった。あちゃちゃ。あせってnishiyachiさんに来てもらうと、電気が来ていないという。土中に埋まった電線がモグラかネズミにかじられたのかも。もうお昼だし、電気屋さんも呼ばねばということで午後を待つ。仮設の電線でつなぐしかないということになる。午後、いつの間にか電気屋さんとnishiyachiさんのご長男がもう来ていた。感じがよくて、頼りがいがありそうな電気屋さんが、説明してくれる。配電盤の右はじにあるボックスを開けて、ほらほら、ここに黄色いスイッチ、これ安全スイッチなんですけど、これをこうして押せば電気がいくんですよ。思いだした。このスイッチはmurata住職もやっていたことがあった。なんだよ。すんません。しょうもないことでプロフェッショナルを呼んでしまってとあやまる。
murata住職のいない間に、水道のトラブルがなきゃいいがと思っていたのだが、とにかくよかった。murata住職がいなくなったら困るなあと思う時、真っ先に思うのはこの自家水道である。仏法よりも何よりも、自家水道の全てを教えてもらっておかないとと思うばかりなのです。
nishiyachiさんのご長男の方が、帰り際、あのこのまえいっしょにおったポンプに詳しい人、あの人ほんとに詳しいみたいで、あの人やったら、今日のこともわかると思いますと言って帰られました。「あっ、あの人うちの住職です」と答えたのであった。しかし、専門家がやってきただけで、安心できるのはなぜだろう。ご長男はまだその点甘いかもしれない。「おれも気が付けばよかったんだけど」と後悔をされていた。お父さんのnishiyachiさんも気付かなかったが、師は上水道設備&ポンプの専門が深いんだな。忙しい電気屋さんを「話が見えない」にもかかわらず、派遣してくれました。そして電気屋さんも電気設備プロフェッショナル。漏電の原因を尋ねる私に「完全に漏れたら、すぐにわかるんですけどね。中途半端だとちょっと……」。やっぱ中途半端はその道を極めた人でも見えないんだな。
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| この時はまだ、原因が見えていなかった。 |
ラベル:
spot of yoromimura,
日記,
本棚,
無題
2013年2月7日
封建制と一言でくくれるものなのだろうか。
「無私の日本人」という本がまわってきたので、読みました。肝煎(きもいり)という役職が出てきます。この本では庄屋のことだと断言されていますが、そうなのでしょうか。無私ということを哲学概念的に解説されているのかと期待をしたのですが、実際は水戸黄門や暴れん坊侍に出てくるような損ばっかりしているけれでも、天から愛されている人が出てきました。この本の中に出てくる農民(百姓とういことばは中国語の中ではふつうの人という意味らしい)の中には、入念にも、自分がこんなすばらしいことをやったことを絶対に自慢してはならないと遺言までしておられます。
今でも、中年以後の人は「だれそれさんのきもいりで」と言うのですが、肝煎という役職があったということが驚きです。きもいりという役職が何かの保証を与える意味の名詞化がなされて、今ある。庄屋というのは、中央政権から与えらた職名という領域をはるかに超えて、村に君臨している。庄屋のだんなが、人格高潔で、徳の高い人ならば美しいドラマがあり、こずるい人なら、こずるいドラマが。いずれにしても、喜怒哀楽の全てはこのようなドラマから生じてきたのだなあと思われます。不覚にも、泣いてしまいました。
さても、民主主義というのも、ヨーロッパのかたすみで、一つのドラマから生まれたものなのでしょうか。日本の無私から、果たして完全公開の合議=民主主義と言いうることができるのでしょうか。 柳田村歴史物かたりにも肝煎がたくさん登場します。カンセンという人の名前だと思って読んでいたのです。
無私の日本人/文藝春秋
2013年1月25日
漱石は文豪ではない。
俳諧というメディアは、なんだか不親切に思える。パクッと私とも言えない私の瞬間を切り取ったかのように、あらゆる説明解釈を容認しているように思える。ということはどのような真実も私に関する限り無いと言明しているようなもんである。それに明治時代の俳人たちは、文字に関するエリートでもあるのだろうから、彼らが解釈を施せばほどこすほどに蕪村の俳句は奥深さを匂わせてくる。集中して読もうとして、まわりが静かだからといって文字面に集中できるわけでもなく、また、その気になれば、テレビがうるさかろうが、ぐぐっと入ってくる。誰も俺が読むことを邪魔なんかしていない。ということがわかる。文字のエリートのすごさは、所有している語彙の量や質ではなくて、文字に対する態度以外にはないのだろう。言葉を持つということがとてつもなく責任を課していたのだろう。以外に漢語の間違いを頻繁に犯していたのではないか。(こんな風に)
そんなアナログな中、アンドロイドタブレットにて青空文庫の漱石を読んでいる。文字の大きさを変えればたちどころに、行数が変化する。字を大きくすると、やけに漱石の生々しさを感じたりしそうになる。あくまでも気のせいの世界のことを言っているのだから、それってほんとう?って聞かないでほしい。やけに津田はずるいやつだし、延子も。なんてこずるい夫婦だろうかと思う。小林はなんと、か弱い男かと思う。か弱いなんてもんじゃないな。なんとモロい男にしか見えない。だから津田を攻めきることができずにふんとに中途半端極まりない展開だ。吉川のおばはんが、なんとか場を展開させようとしているが果たしてどうだか。漱石は出ることかなわない迷宮に自家中毒していたんじゃないのか。なぜ、人にはFACTとFEELが同時に存在するのかが、数学的に理解できなかったのじゃないか。あの執拗な内面分析とセリフの連続自体が尋常ではない事件だと思う。
そんなアナログな中、アンドロイドタブレットにて青空文庫の漱石を読んでいる。文字の大きさを変えればたちどころに、行数が変化する。字を大きくすると、やけに漱石の生々しさを感じたりしそうになる。あくまでも気のせいの世界のことを言っているのだから、それってほんとう?って聞かないでほしい。やけに津田はずるいやつだし、延子も。なんてこずるい夫婦だろうかと思う。小林はなんと、か弱い男かと思う。か弱いなんてもんじゃないな。なんとモロい男にしか見えない。だから津田を攻めきることができずにふんとに中途半端極まりない展開だ。吉川のおばはんが、なんとか場を展開させようとしているが果たしてどうだか。漱石は出ることかなわない迷宮に自家中毒していたんじゃないのか。なぜ、人にはFACTとFEELが同時に存在するのかが、数学的に理解できなかったのじゃないか。あの執拗な内面分析とセリフの連続自体が尋常ではない事件だと思う。
蕪村句集講義にて、正岡子規が言っていた。「蕪村は読めば読むほどおもしろい」漱石もそうだよね。
2012年12月9日
記録。
yoromiから出るのがたいへんな季節になりました。雪が多い中でも、とりわけ、雪が積もりやすいのが、yoromiです。毎年たかをくくっている。今日も、ドーンとバーンとやれば、出られるだろうと車を動かそうとしたら、1メートル先が遠い。
今年は、日雇い仕事に、準社員のように、毎日出ることになっているので、心配です。ここから出ることさへできれば、積雪量も、ぐんと少なくなりますし、除雪車も、マメに出動するのですが。
今月半ば過ぎより、麹造り、味噌の仕込み、もちつきなどのスケジュールが始まります。麹づくりなどは、毎年、さて、どうだったかと記録を探すのですが、その記録さへみつからず、ほぼ、どろなわで終わります。本ブログにも日記のようにして、それらの行事があったことが書かれてありますが、こうして、「さて、どのようだったか?」に対する記録はあまりなく、今から読むとどうでもいいような、灌漑や思い入れにあふれていて、なんだかなあであります。それに、おもしろくもなんともないし。ブログそのものに対しても、もうやめようかと、思ったりしております。
んでも、純粋な記録性を求めると考えると、新たな希望も感じてもおります。ようするに、今は惰性でやっているようなもんです。いやなら、見なきゃええやん、なら即やめんと。
司馬遷が、二番目に思い罰を受けながら、その辱めを容認したがために、現代人が漢字文明の歴史をある程度まで正確に読むことができる。ドリフターズは高木ブーが、自分の無芸さを容認したがために、歴史的な芸能人になった。生物はいいものだけで交配していくと、種が消滅するのだそうだ。ダメな個体をたまに掛け合わせると種として、ものすごく安定するのだそうだ。
今年は、日雇い仕事に、準社員のように、毎日出ることになっているので、心配です。ここから出ることさへできれば、積雪量も、ぐんと少なくなりますし、除雪車も、マメに出動するのですが。
今月半ば過ぎより、麹造り、味噌の仕込み、もちつきなどのスケジュールが始まります。麹づくりなどは、毎年、さて、どうだったかと記録を探すのですが、その記録さへみつからず、ほぼ、どろなわで終わります。本ブログにも日記のようにして、それらの行事があったことが書かれてありますが、こうして、「さて、どのようだったか?」に対する記録はあまりなく、今から読むとどうでもいいような、灌漑や思い入れにあふれていて、なんだかなあであります。それに、おもしろくもなんともないし。ブログそのものに対しても、もうやめようかと、思ったりしております。
んでも、純粋な記録性を求めると考えると、新たな希望も感じてもおります。ようするに、今は惰性でやっているようなもんです。いやなら、見なきゃええやん、なら即やめんと。
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| わずかな距離が遠くなる。車がただの鉄のかたまりになる。 |
司馬遷が、二番目に思い罰を受けながら、その辱めを容認したがために、現代人が漢字文明の歴史をある程度まで正確に読むことができる。ドリフターズは高木ブーが、自分の無芸さを容認したがために、歴史的な芸能人になった。生物はいいものだけで交配していくと、種が消滅するのだそうだ。ダメな個体をたまに掛け合わせると種として、ものすごく安定するのだそうだ。
わかりやすいノートづくりをしたいと思っております。
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| ずぼっと沈む。歩くのにも気を張る季節のはじまり。 |
2012年10月7日
SUNDAY。
というわけで、家の掃除をする。計画を立ててからなどと考えているうちにやる気がうせそうになる。というこれまでの繰り返しはイヤなので、とにかく目の前から始める。なんて乱雑に互いが無関係にいらないものがありやがる。とやはり、やる気がうせそうになる。が我慢して続けていると展望が少し開けてくる。あいかわらず、捨てるかどうかを決めるのに時間がかかるものが多い。捨てると決めても、市役所発行のガイドブック片手に分類するのに時間がかかる。
なんて汚い家だと、これまでなら奥さんにあたっていたのだが、そのようなパワーがうせてしまった。それに、全部捨ててもかまわないほど、家にあったものが古くなっていた。
どんどん、家がうらぶれていくのであった。![]() |
| 写真にすると、見れるもんだ。 |
| 中央 「事務の科学」はなぜだか捨てられないのであった。でかい銀行員だった人が歌人でもあって、いかに事務が大切かということをこんこんと諭してくれるのです。足し算引き算ができなくて辞めざるを得なかった会計事務所時代になんとか自分が有能な記帳マンなれぬかとワラにもすがった本なのでして。戦争の犬たちは、映画を何度見たでしょうか。 |
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| 最初に買った本は「天正の少年遣欧使節」。左 カッパブックス。キリスト教中心の歴史ではなく、イスラムにも目を向けよと。今読むとおもしろい。中学校の時から今でも残っているのはすごいと自分で思う。ちなみに最初に買った文庫本は「7人の予言師」今でも携帯して読んだりする。 |
掃除していて、結婚式の写真が出てきて、入る穴がなくなってまうほど、はずかしかった。が、笑えた。もはや遠い日の別人です。その後、明日から使うガソリンや灯油を買いに、末娘と行った。市街地を通ると、日曜日のせいか、人も車もほとんどない。うらぶれた風景を心配して居った日々も遠くになってしまった。なんかいい。このうらぶれた感じがとてもいい。末娘がうらぶれって?と尋ねてくる。父ちゃんみたいにお金がない人をおちぶれたっていうんだけど、わかるね?
その一歩手前って感じかな。と言うとうんうんと納得してくれた。
奥さんがアボガドの種をまきたいと鉢を二つ買ってきてくれと言うのを末娘が言ってくれて、寄る。冬越しのキャベツの苗が安いので、トレイごと買う。「大人買いやね」とうれしいことを言ってくれる。が、単価×ポット数を暗算。買える。
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| 市役所。 |
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| shinbashi。 |
2012年10月4日
yoromiのお米のシンボル?完成か。
草刈り、おわる。秋っちゅうのはなんちゅうさびしいもんかと。花盛りのアゼ際だが、なんちゅうか、仏壇か、お墓の前にそなえるとちょうどいい感じなような。雑草の名前を知っていたらもっと違う世界かとも思うが、ふと、思う。蕪村や一茶や子規なら秋の草ですませばええねんと言うだろうなあ。今、見えていることの臨場感の方を書き留めようとする行為であるのだ。17文字にして、強固な形式が重ねられていることとあいまって、そんなことを考えているヒマなどない。ましてや、どんな物語からも自立させようという野望も感じられる、そんな世界で、知識などなんの役にも立たないわ。
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| 今年の新米より使用するロゴ。sumikoさん、これまで学んだことをすてて、力を抜くのがたいへんだった。とのこと。まさに俳句的ではないか。 |
2012年8月23日
雨が降る。
思いがけず、雨が急に降った。sakataにだけ降ったのかと思うほど、自分の願いが通じたのかと思うほど、遠方には、青空があった。絶対に不可能なことが可能なのかと思えた一瞬だった。雨乞いはありだなと。田んぼや畑など、人為的な始まりのようでいて、今では神がかりとしか思えないような心とともに長くあったのだなあと。
そして、食べ物を得るということが、神事としてあったのだと。小賢しい分別の、いかに有用なように見えて、いかに無力なのかと。生きることと、食べることと、働くことと、祈ることの区別のなかった時のことを思う。阿含経の現代語意訳(といっても、大正12年刊)を読んでいる。ブッダの話されたことにもっとも近いテキストと言われている。文字通り、神話のような筋を歩むが、書かれてあることは簡便のように見えて、かなり恐ろしいことを意識に要求している。ゆえに、私というふんばりさへはずせば、これほど、染み入る経典は無いように思える。かなり、抄訳されてあり、訳者が選んだ全体の中のごく一部ではあるが、最後の章が恐ろしい。釈迦族の滅亡に際し、ブッダが静かに荒れ果てた聖地をただ見るシーンである。
佛は思わず、次のような短詩を口ずさまれたのであった。
すべての作られたるものは、
みな無常である。
生まれ出でたるものは、
必ず死なねばならぬ。
それゆえに、
生まれることがなければ、
そこには死がない。
滅だ、ほろびだ、無だ。
この滅こそ、
最上の楽しみである。
「さあ、お前達、みんな一緒に、尼狗留園に行こうではないか。」
やがて、その尼狗留園についたとき、佛は座につかれてから、弟子達に次のような、悲しい言葉を與えられた。
「これが、尼狗留園だね。何と言う驚くべき荒廃であろう。わしは、かつて、ここでお前達に何度いろいろ語ったろう。その当時は、数知れぬ人々が群衆していたのに、いまは、砂漠の中にいるように、誰もいないではないか。ああ、もう、再び、わしはここへは来れないだろうよ。」
2012年2月26日
わからないと知ってはじめて知ることの可能性が生じる。
プロの作家のすごいところは、人とは違う特別なことを書けることではなくて、あたかも普通の人がいるかのような普通の世界を書けることだと思う。何かを書こうとするド素人は自分にしかわからないことを書こうとするするものが多く、文章そのものが普通ではなくなっている。では普通の文章なるものはあるのか?普通の世界を普通の文章で書くことに何の意味があるのかと思うが、残念ながら自分にはわからない。自分というものが特別であることを疑えない私には一人のシンパシーも知人もなく、最低限の普通もありえない。特別な状態が普通なんだとも思うが、これは単なるレトリックというやつだろう。どうして、普通をわかったように普通と言えるのか。書き言葉そのものが普通の素地を生み出しているとしか思えない。いいとかわるいとかの問題ではなくて、書かれたものがあるということに疑いをいだいた書かれたものなどあるのだろうかと尋ねたい。唯一生きることそのものが苦であるとゴータマシッタルダが言ったと書かれたものに可能性を感じるのは偶然でも、出版社の宣伝によるのでもなくて、求めざるをえない事情が私の中にあるのだ。作家には草野球や、草芸術家というジャンルが存在しないと思うからプロ作家という言い方をしたのだが、彼らの書いたものの中に出てくる登場人物がどんなに異常な存在であったとしても普通に読めるのは作家の力なのだろうか、それとも読者の力なのだろうか。あるいはほんとうに実在するほんものの世界の力なのだろうか。どんどんわからなくなっていく。
2012年2月20日
めんどくさい私です。
しつこく、こだわっているものはなんだろうか。何かを考えようとした時にまっさきに考えられていたかのようにそこにあるのに、いつでもそれとともにあるのにもかかわらず考えることをやめることができないもの。かんたんに口でそのままを言えばそれでいいのだろうが、かんたんにはできない。
今日も雪かきをしていた。雪だらけの中で雪のない景色を思う。しつこくこだわっていたようでいて、いろいろ考えているのだろう。同じ景色を見続けられないように、同じことは考えられないようになっているのだろうか。ほんとうにいやならば考えないのではないだろうか。言葉とは何なんだろうということにしつこくこだわっているのだが、言葉とはと問う時すでに言葉と明確に指し示している。昨晩風邪の治りがけに読んだ資本論の商品の説明で亜麻布と上着との間に横たわる=(イコール)が、くせものでこの記号は右と左に現実にはありえないものを並べることができるということがいつもわからなくてうんじゃらもんじゃらするのだが、わかるようでいて中々うんといえない。むずかしくてちんぷんかんぷんのフーコーの「言葉と物」の序説にも似たような話が載っていてことあるごとに何度も読み返すのだがわかりそうでいてわからない。わかったような気になっても再び読むときには違う文章を読んでいるかのように又一からやりなおさなければならない。その都度その都度わからないといけない。
中上健次の文章も一文と一文のつながりを追っていては全体が把握できそうにもなく、又全体から俯瞰しようにも一つの文章自体が意味づけを迫ってきているようで読んでて少しいやになるのだが、文庫本を手放さないのだからきっと好きなのだろうと思っている。中上健次は大好きなのだが、まだ「熊野集」しか読んでいない。正直言ってめんどうくさくもあるのだ。読む力がないのだろうが、強がらせてもらえるのならば、これらのわからない本たちはおれにこんなふうに読んで欲しいんだろうという気持ちが強いせいでもある。そこでは自分というものがかなり邪魔になっている。で、ほんとうにこだわっているつもりなのは、私とはという問いなのだ。でも問うておきながら、ここでもやはり、明確に私と言わされているのがいやだ。(私がおれでも、これでもかまわないのだが、一瞬にして言葉の問題にすりかわってしまうのもいやなのだが)
うんざりするくらいの雪をどかさないといけない時にうんざりを肯定も否定もせずに体が動いていることを感じる時に、ほんの一瞬、わからないと本当に言える時がやって来るような気になる時がある。でも一瞬の後に私は私を、そうそれでいいんだと私に言って全てを台無しにしている。ほとんど病気だ。
今日も雪かきをしていた。雪だらけの中で雪のない景色を思う。しつこくこだわっていたようでいて、いろいろ考えているのだろう。同じ景色を見続けられないように、同じことは考えられないようになっているのだろうか。ほんとうにいやならば考えないのではないだろうか。言葉とは何なんだろうということにしつこくこだわっているのだが、言葉とはと問う時すでに言葉と明確に指し示している。昨晩風邪の治りがけに読んだ資本論の商品の説明で亜麻布と上着との間に横たわる=(イコール)が、くせものでこの記号は右と左に現実にはありえないものを並べることができるということがいつもわからなくてうんじゃらもんじゃらするのだが、わかるようでいて中々うんといえない。むずかしくてちんぷんかんぷんのフーコーの「言葉と物」の序説にも似たような話が載っていてことあるごとに何度も読み返すのだがわかりそうでいてわからない。わかったような気になっても再び読むときには違う文章を読んでいるかのように又一からやりなおさなければならない。その都度その都度わからないといけない。
中上健次の文章も一文と一文のつながりを追っていては全体が把握できそうにもなく、又全体から俯瞰しようにも一つの文章自体が意味づけを迫ってきているようで読んでて少しいやになるのだが、文庫本を手放さないのだからきっと好きなのだろうと思っている。中上健次は大好きなのだが、まだ「熊野集」しか読んでいない。正直言ってめんどうくさくもあるのだ。読む力がないのだろうが、強がらせてもらえるのならば、これらのわからない本たちはおれにこんなふうに読んで欲しいんだろうという気持ちが強いせいでもある。そこでは自分というものがかなり邪魔になっている。で、ほんとうにこだわっているつもりなのは、私とはという問いなのだ。でも問うておきながら、ここでもやはり、明確に私と言わされているのがいやだ。(私がおれでも、これでもかまわないのだが、一瞬にして言葉の問題にすりかわってしまうのもいやなのだが)
うんざりするくらいの雪をどかさないといけない時にうんざりを肯定も否定もせずに体が動いていることを感じる時に、ほんの一瞬、わからないと本当に言える時がやって来るような気になる時がある。でも一瞬の後に私は私を、そうそれでいいんだと私に言って全てを台無しにしている。ほとんど病気だ。
2012年2月18日
「へなま」の意味について
風邪をひいてしまいました。全身だるく、喉が少し痛いです。これぐらいの中途半端なか風邪は、ふだんならば怒ってしまうようなことにも怒る気力がなくなってむしろ平和です。これくらいの思うようにならないがいいです。能登半島の丘のような山、用水のような川、雨も風も人も中途半端で好きです。
【奥能登の研究―和嶋俊二】よりhttp://jusai123.blogspot.com/2012/01/blog-post_18.html
奥能登の農山村の各家庭で、個々に行われるその祭儀は、まことに繁簡区々であり、そのいわれや伝承についても異同が多く、いずれがその祖型なりや否やは容易に見分け難い。その点、皇室は日本の大家(おおやけ)として千数百年来(文献上の初見は清寧紀二年、厳粛に神秘的に行われてきたものである。それにしても応仁の乱で絶え、二百有余年を経て東山天皇が徳川幕府の援助を得て貞享四年(一六八七)復活されて今日に至ったものであるという。研究者の中にはこの大嘗祭空白期間がなんとも大きな痛手という。これに対して奥能登の「あえのこと」は、国家神道や荘園領主・武士などの政治権力の統括統制を受けず、ひたすら農耕民としての敬虔な信仰を、素直にうけついできたもので、ここには父祖の気持ちが生きており、それを通して日本人としてのアイデンティティーを自覚することができると信じるものである。
当地であえのことは必ず、絶対に二ユースで放送されますが、ものごころついてから最近まで笑ってばかにしておりました。N家の当主以外にもこの神事をなさっていたお宅もあったのでしょうが、いつも裃をつけておおげさに見えもしないものを12月に招きいれ2月に田んぼに送り出すのを見て、こいつバカじゃないのかと思っておりました。ごめんなさい。あやまります。確かに見える妄想を具現するのと、まったく見えないものを見えないままにしておくこととどちらが非科学的なことかと思う。古い行事を我々のこざかしい大脳新皮質だけで見てはいけない。古い行事の最たるものは、方言そのものではないだろうかと思う今日であります。
【奥能登の研究―和嶋俊二】よりhttp://jusai123.blogspot.com/2012/01/blog-post_18.html
奥能登の農山村の各家庭で、個々に行われるその祭儀は、まことに繁簡区々であり、そのいわれや伝承についても異同が多く、いずれがその祖型なりや否やは容易に見分け難い。その点、皇室は日本の大家(おおやけ)として千数百年来(文献上の初見は清寧紀二年、厳粛に神秘的に行われてきたものである。それにしても応仁の乱で絶え、二百有余年を経て東山天皇が徳川幕府の援助を得て貞享四年(一六八七)復活されて今日に至ったものであるという。研究者の中にはこの大嘗祭空白期間がなんとも大きな痛手という。これに対して奥能登の「あえのこと」は、国家神道や荘園領主・武士などの政治権力の統括統制を受けず、ひたすら農耕民としての敬虔な信仰を、素直にうけついできたもので、ここには父祖の気持ちが生きており、それを通して日本人としてのアイデンティティーを自覚することができると信じるものである。
当地であえのことは必ず、絶対に二ユースで放送されますが、ものごころついてから最近まで笑ってばかにしておりました。N家の当主以外にもこの神事をなさっていたお宅もあったのでしょうが、いつも裃をつけておおげさに見えもしないものを12月に招きいれ2月に田んぼに送り出すのを見て、こいつバカじゃないのかと思っておりました。ごめんなさい。あやまります。確かに見える妄想を具現するのと、まったく見えないものを見えないままにしておくこととどちらが非科学的なことかと思う。古い行事を我々のこざかしい大脳新皮質だけで見てはいけない。古い行事の最たるものは、方言そのものではないだろうかと思う今日であります。
2012年1月29日
大脳までもが老いるということを想像できなかったのか。
構造主義とかポストモダンだとか、哲学的な問題だとかにひっかかるようでありながら、いざそれらが何を指すのかということを考えてしまうと、どこから入っていいのかわからなかったり、個別の用語が
説明者によって微妙に違っていたりして、時間だけが経過してしまったという感じだ。何かを考えたい盛りの若者が最初にぶつかる壁のようにしてあったのだった。そうした感じはもしかしたら簡単にわからないと言えなくなるような装置として、少なくともこの日本ではジャンルとして置かれていたのではないかと最近になって思う。種としてのジンルイであるとか人間であるとかの表現自体がいわば本来普遍的な一般名詞であったものが、それを考える主体としての個人しか指さなくなってしまったのではないのか。普遍を記述する物がそもそも一個のモノになってしまっている。そこには当然のこととして長年積み重ねられてきた言語活動の中で抽象化されてきた意味そのものの否定が含まれてしまうのではないか。意識が肉体を否定したというか。こうした活動記録そのものが想像されるしか手がないものとして時に文学そのものの構成要素であったと思う。人間の外にたった元人間はいったいどこに立っているのであろうか。ついに最近の若者はという言い方が消えたのだが、成長の止まったままの最近の若者がついに初老を迎えつつあるのであった。
説明者によって微妙に違っていたりして、時間だけが経過してしまったという感じだ。何かを考えたい盛りの若者が最初にぶつかる壁のようにしてあったのだった。そうした感じはもしかしたら簡単にわからないと言えなくなるような装置として、少なくともこの日本ではジャンルとして置かれていたのではないかと最近になって思う。種としてのジンルイであるとか人間であるとかの表現自体がいわば本来普遍的な一般名詞であったものが、それを考える主体としての個人しか指さなくなってしまったのではないのか。普遍を記述する物がそもそも一個のモノになってしまっている。そこには当然のこととして長年積み重ねられてきた言語活動の中で抽象化されてきた意味そのものの否定が含まれてしまうのではないか。意識が肉体を否定したというか。こうした活動記録そのものが想像されるしか手がないものとして時に文学そのものの構成要素であったと思う。人間の外にたった元人間はいったいどこに立っているのであろうか。ついに最近の若者はという言い方が消えたのだが、成長の止まったままの最近の若者がついに初老を迎えつつあるのであった。
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