2013年11月28日
2013年11月20日
他人事のように語っております。
特定秘密保護法案が今週中に衆議院で可決されることが避けられたらしい。遅すぎるマスコミ関係者が一斉に文句を言い始めたことが大きかったのだろうか。平成のはじめ、いわゆる市民団体の事務局長として実務をしていた頃があった。(文字にするとなんかかっこいい)いやいやさせられた事ゆえ、それほどの被害性を感じていなかったゴルフ場建設に反対するというスタンスなれば、さらに当時の輪島市議会議員であったS議員(共産党)の実務能力に頼り切ったということもあって、わたしには全体がなんのこっちゃわからなかった。基本的に実働しているのは共産党のかたがたと、よろみ村の住人、及び(わたしのような)よろみ村シンパシーや止むに止まれず滞在していた方などであるのは明らかであったのですが、役所と議会の様子、建設主体(ゼネコンなど)の相関関係が全く見えず、(S市議の再三にわたるレクチュアが理解できなかった)。
議会に提出した請願書が否決されたのだったか、継続審議になったのだったかは忘れたのだが、何か動きがあった日、朝日新聞の記者から電話があった。「まずい…」とにかくわたしがウーmmとかすんmmとか発していたら、向こうが「今はこれこれこういう状況ですよね」。と見事に反対運動の顛末を鳥瞰したのに感心しながらそうですと言っただけだったのでした。電話を置いてから落ち着いて考えてみると誘導尋問のような。でも国会議員や、専門家と言われる人たちもおんなじなんじゃねえか。物語を構成する力の比べ合いだな。
議会に提出した請願書が否決されたのだったか、継続審議になったのだったかは忘れたのだが、何か動きがあった日、朝日新聞の記者から電話があった。「まずい…」とにかくわたしがウーmmとかすんmmとか発していたら、向こうが「今はこれこれこういう状況ですよね」。と見事に反対運動の顛末を鳥瞰したのに感心しながらそうですと言っただけだったのでした。電話を置いてから落ち着いて考えてみると誘導尋問のような。でも国会議員や、専門家と言われる人たちもおんなじなんじゃねえか。物語を構成する力の比べ合いだな。
2013年11月17日
まだまだ秘密がございます。(恥ずかしくて言えません)
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| 小春日和。やさしい言葉。 |
とりわけ怖いのは梯子から足を離して屋根に上がる瞬間です。帰りも怖い。梯子にいざって近づいて、立って、梯子に足をかけて、そして、体を反転させる時がなんとも言えず怖いです。だいぶん慣れましたが、それでも、怖い時に思うのは、なんと平地で安穏とボケーっとしているのかということです。高いところと、へびがダメだから自給生活者にはなれんなあ。それに不器用で釘も満足に打てない(特に4寸釘以上)。一人ではまず、自給生活をできない男なのであります。無芸、大食、人畜有害。高い志も無く、無難に人生を終われたらよしと思っているし、身体が遺伝的に丈夫で(胃痛の経験がない)、寝つきの時と集団生活以外の時はまことに熟睡できるし。(夢も覚えていない)いやなことからは逃げ続けているし。人の文句を言うのは上手だが、自分をきらいきらいと言いつつも、自分にまともに反抗したこともなし。煙草をバカバカ吸うし、真夏はわざわざ、ビールを買いに行くし。まともな定職を持ったことがなく、奥さんのパートで食べさせてもらっているヒモのくせに、奥さんをいたわるどころか、結婚初期から中期まで、DV夫だったし。
………。もうやめます。キリがない。ほんとにダメなことを、こうしてわかっているのなら、なぜすぐに今にでもやめないのか。屋根の母屋瓦と同じくらいにしか、思っていないんだ。いや母屋はすごく大事なところなんだけれども。
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| 完全に真っすぐなんてムリ。これでいいと自分に言い聞かせる。 |
2013年11月1日
飛んで火に入るエホバの方々。
ズルズルとしていたら、エホバの人たちがやってきた。神様の話かよと居留守をつかおうと思ったけど、けっこうそういう話は好きなので会う。マスクにめがねのおばちゃんと、女子大生のようなかわいいねえちゃんがいる。今日の神様の話は何から始まるんだと待っていると、パンフレットを取り出して、死んだ人に会えると聖書には書いてあるのですが、あなたはどう思いますかと来た。
生前に知っていた人となら、私の頭の中でいつでも会えます。でもそれはあくまでも私の想像上のその人ですから、今目の前にいるあなたとここでこうして神様の話をしているかのように思えますが、私はあなたとほんとうに会っているのかと疑問に思うことがあります。
また始まった。が、止まらない。メガネ越しの目に向かって、べらべらとしゃべっている。人格神として、五体が人のような姿の神様のイメージが強烈すぎて、聖書に入ることができないんです。あなたは何を信じてらっしゃる。と尋ねれれて、そのように言い訳を入れてから、私の中にあるであろうむずむずしたわからないこのこれを信じています。きっといつの日にか、私なりの言葉でこのむずむずを解き明かすことができるという可能性を信じています。なんにも、知らないくせに、キリストであろうとマホメットであろうと、お釈迦様であろうと、マザーテレサであろうと、達磨さんであろうと、ダライラマであろうと、かの人たちはきっと解き明かしたのでしょうが、それらの言葉は皆彼らの言葉にとどまっているのであろうから、ワタシ自身の言葉でそれらを翻訳できる日がきっとくるのだと思っています。メガネの方の影に隠れるようにして立っていた女性が一歩踏み出してきて、顔を見せてワタシの話を聞こうとしはじめるのを、いいことにして、何かうまくこの話をエンディングに持っていこうと思う。喋れば喋るほど、彼女は近づいてくる。メガネの女性も負けじと興奮してくる。まさかこのように自分たちの話に相槌をうってくれるような状況に少し驚いている。
あなたたちのように、信仰を持つことを決心された方たちの知識とワタシのようにズルズルとしている者が読む聖書の知識とはゼンゼン違うんでしょうね。
いつものように謙遜でつまりは自己韜晦でしめくくろうとするワタシにメガネの女性がマスク越しに言う。あなたのように、自分の思考のイメージの中だけでグルグルと堂々巡りをしている状態から見る神様と聖書に書かれた神は違うんです。このように言われる。後ろの彼女に向かって、聖書のもっとも古い言葉は何語で書いてあったんですか。「初期はヘブライ語で後半はギリシャ語です」。はじめにことばがあったと書かれてあったと思うが、それゆえに言葉が止まらない。言葉の止まらなさを人は人自身の永遠ととりちがえてしまう。
このような話し合いは、相手に優しくしよう、相手とつながろうと思う限り、ゴールが見えないのであった。どんどん一人になっていくのであった。神はいつでも、必要な言葉だけをあらゆる人の形をとって届けてくれる。メガネとマスク越しの目が光っていた。「また会いましょう」ありがとうございました。
生前に知っていた人となら、私の頭の中でいつでも会えます。でもそれはあくまでも私の想像上のその人ですから、今目の前にいるあなたとここでこうして神様の話をしているかのように思えますが、私はあなたとほんとうに会っているのかと疑問に思うことがあります。
また始まった。が、止まらない。メガネ越しの目に向かって、べらべらとしゃべっている。人格神として、五体が人のような姿の神様のイメージが強烈すぎて、聖書に入ることができないんです。あなたは何を信じてらっしゃる。と尋ねれれて、そのように言い訳を入れてから、私の中にあるであろうむずむずしたわからないこのこれを信じています。きっといつの日にか、私なりの言葉でこのむずむずを解き明かすことができるという可能性を信じています。なんにも、知らないくせに、キリストであろうとマホメットであろうと、お釈迦様であろうと、マザーテレサであろうと、達磨さんであろうと、ダライラマであろうと、かの人たちはきっと解き明かしたのでしょうが、それらの言葉は皆彼らの言葉にとどまっているのであろうから、ワタシ自身の言葉でそれらを翻訳できる日がきっとくるのだと思っています。メガネの方の影に隠れるようにして立っていた女性が一歩踏み出してきて、顔を見せてワタシの話を聞こうとしはじめるのを、いいことにして、何かうまくこの話をエンディングに持っていこうと思う。喋れば喋るほど、彼女は近づいてくる。メガネの女性も負けじと興奮してくる。まさかこのように自分たちの話に相槌をうってくれるような状況に少し驚いている。
あなたたちのように、信仰を持つことを決心された方たちの知識とワタシのようにズルズルとしている者が読む聖書の知識とはゼンゼン違うんでしょうね。
いつものように謙遜でつまりは自己韜晦でしめくくろうとするワタシにメガネの女性がマスク越しに言う。あなたのように、自分の思考のイメージの中だけでグルグルと堂々巡りをしている状態から見る神様と聖書に書かれた神は違うんです。このように言われる。後ろの彼女に向かって、聖書のもっとも古い言葉は何語で書いてあったんですか。「初期はヘブライ語で後半はギリシャ語です」。はじめにことばがあったと書かれてあったと思うが、それゆえに言葉が止まらない。言葉の止まらなさを人は人自身の永遠ととりちがえてしまう。
このような話し合いは、相手に優しくしよう、相手とつながろうと思う限り、ゴールが見えないのであった。どんどん一人になっていくのであった。神はいつでも、必要な言葉だけをあらゆる人の形をとって届けてくれる。メガネとマスク越しの目が光っていた。「また会いましょう」ありがとうございました。
2013年5月2日
接心(摂心)でした。
昨日は接心にて、一日座っておりました。眠ったり、いろんなことを思ったり、足の痛みを我慢したりしましたが、よくよく見るとほぼ同じかっこうをしているのがおかしかったです。一回、一回、のセッションみたいな感じでなんとか最後までいきました。genさんも座っておられました。咳払い、げっぷ、唾を飲む、うめき、屁など全く聞こえませんでした。genさんは暇さえあれば、座りたいみたいです。titibuの実家に帰っていることが多いのですが、yoromiにいないとわかっているのに、本堂の扉をあけると、もしかしたらとgenさんの座布団の方に意識を向けてしまいます。失礼ながら、いてもいなくても、もしかしたら座っているのではないかと思わせてくれる人です。本堂中央に木彫りの座僧が置いてありますが、失礼ながら、それと全く違わないと思ったりします。(この人、kyotoの某観光有名臨済宗寺院に10年もおったんです)
私の方は、まるでロダンの考える人のモノマネのようだなと思います。それでも、今のところ誰も座るなという人がいないので、これからも、できるだけ座りたいなあと思います。こんなゆるゆるでいいんかいと思いますが、残念ながら、このような感じしか耐えられないと思います。わたしは。(まわりを見渡せばmurata住職をはじめとして、すげー人ばっかりなんだが)
私の方は、まるでロダンの考える人のモノマネのようだなと思います。それでも、今のところ誰も座るなという人がいないので、これからも、できるだけ座りたいなあと思います。こんなゆるゆるでいいんかいと思いますが、残念ながら、このような感じしか耐えられないと思います。わたしは。(まわりを見渡せばmurata住職をはじめとして、すげー人ばっかりなんだが)
2013年4月15日
よかれと思ったのだが。
先日の新車庫づくりにて、ユンボがあったので、水はけがよくなるだろうと思って、深い溝を掘った。すでにあった溝につなげたのだが、新しい溝の方が深くて水が排水されなかった。そこまではよい。ところが水がどんどん深くなっていくではないか。そして減る気配がない。あちゃちゃ。どうも、西川ミニ農園もいつもより湿っている。あちゃちゃ。
kawabataさんが草刈り機の修理においでたので、なにげなく聞いてみると、とんでもないことをやらかしたみたいだ。どうも水の新しい道をつくってしまったらしい。よかれと思ってやったことが、逆になってしまった。田んぼを長くやってきて、このざまだ。水のことを知らないのであった。ただ、穴を掘ってしまったのだった。水はけをよくするためには二重三重の仕事が必要になってしまった。これでは墓穴も掘れないではないか。
こうして、実際の自然の重さをリアルに感じることができるのだ。一手間一手間ごとに自分がどういうところに立っているのかが、少しづつわかっていくのだな。負け惜しみや強がりのようでもあるが、どのような失敗にも無駄なんか無いんだな。
kawabataさんが草刈り機の修理においでたので、なにげなく聞いてみると、とんでもないことをやらかしたみたいだ。どうも水の新しい道をつくってしまったらしい。よかれと思ってやったことが、逆になってしまった。田んぼを長くやってきて、このざまだ。水のことを知らないのであった。ただ、穴を掘ってしまったのだった。水はけをよくするためには二重三重の仕事が必要になってしまった。これでは墓穴も掘れないではないか。
こうして、実際の自然の重さをリアルに感じることができるのだ。一手間一手間ごとに自分がどういうところに立っているのかが、少しづつわかっていくのだな。負け惜しみや強がりのようでもあるが、どのような失敗にも無駄なんか無いんだな。
2013年3月17日
日曜日。
中学校統合の署名を集めにyoromiをまわる。murata住職のところにはezakiさんの長男、mugiがいて、ガールフレンドのnanaseちゃんもいた。それにdanもいた。署名の要旨が、せめて新校舎での統合を、ということにkeikoさんも引っかかった。中学校統合は決まっているの?いや、市の条例改正がまだですから、まだ決まっていないと答えたのだが、どうもしっくりこない。ムードとしては決まっているんですよ。と言っても尚更、わからない。だって消費税の値上げも法律で決まっているけれども、もしかして、反対の声がうねってひっくりかえることもありますし。でも消費税は決まったって言えるんでしょうか?私たち一人ひとりの力は無に等しいけれども、決めるのは私たち一人ひとりなんではないですか。これは動かしがたい基本では。だから第三者的に決まったの?と言うのはなんとも、無責任な気がする。生温い反対運動ではある。
やっと、卒業式の祝辞の原稿が書きあがる。小学校6年生にはむずかしい流れかと思うが、さて。思いは込めたということで許してもらおう。難しそうな言葉を簡単に言い換えたり、不要なことを省き、大人が考えるべきことを子どもたちに託してしまったりしているフレーズを消したりしていくうちに、自分が何をやりたかったのかということが文章化されていったように感じました。
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| ezakiさんちのある山にいる猫。 |
2013年3月13日
2013年3月12日
ハッカー集団。
よろみ村のホームページが、ハッカー集団にいたずれされてしまった。yoromi.netのリンクタブをクリックすると、いつもならホームに行けるのに、へんてこな表示のページにしか行かなくなったのです。設定をしてもらっているmuraiさんに教えてもらいました。怒りよりも、人ごとだと思っていたハッキングにやられたことにびっくりした。へえー、わしみたいなところにもやってくるんだ。アクセス数がふんとに少ないからか、悪意があるにせよ、わしのページにやってきたのだから、ちょっとうれしかったりした。ホームページの中には、過去のよろみ村通信のデータが3種類の形式で入っていただけだったのと、他人のアドレスなどの個人情報が全く入っていなかったからでもあるのですが。思い返すとゲストブックに外人名のアクセスがあったなあ。
しかし、これからは注意しないといけないですね。ネットショップだと尚更、注意しないとと思っております。すでに、ホームページを作る無料ソフトの最新バージョンの別ページは準備していたのですが、もう一回そこで作り直しです。
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| 見上げれば 青い空。 |
よろみ村通信原稿のゲラ(っていうのかな)を出稿しました。ITによって、作業が簡略化していきます。しかし、春と秋のお彼岸の節目を飾る小さなお祭りには変わりないです。少なくとも、私にとっては。
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| masayaさんのメールが送れないので、murataj住職の部屋のPCの画面から直接入力(何たるアナログ)することに。しかし、私がやるといとも簡単にメール送信できたのでした。(自慢 鼻息)住職の部屋は本棚のある物置みたいでした。 |
2013年3月5日
啓蟄。
去年縁の下にスズメ蜂が巣を作ってしまったので、まさか、ついに室内に侵入したかと恐れながら二階の末娘の布団を、窓をあけてはたくと、黄色い横しまの蜂が落ちてくる。げげっ。自慢ではないが、我が家のまわりには毎年マムシを目撃する。去年はトイレで、生まれたばかりのマムシが一丁前に鎌首をもたげて、威嚇していたこともあった。へっぴりごしの遠隔操作でそいつを殺し、薪ストーブの中に投げた。泣きだした末娘のケアーの仕方もわからない。まことに、なんにもわからないのである。かろうじて濡れタオルで冷やし、様子を見る。
それから、潰した蜂をテーブルにおいて、ネットで調べる。ワイルドだろおー。というフレーズが頭に浮かぶ。結局、これだったのでした。
2013年3月4日
漏電。loading
北海道や青森ほどではないけれども、積雪は思わぬ被害をもたらします。たとえば昨日などはお米の精米をしていていきなり精米器が止まった。夜おそかった(言い訳)から、今日先日、murata住職に言われていたどおりに、まれに出ていた太陽で精米器のポンプを干す。ふと、漏電ブレーカーは作動していないだろうかと配電盤を見ると降りていた。スイッチを戻すとポンプが作動する音が聞こえたのだが、すぐに収まった。いつもより大きな音だったから気になった。
まっ帰ろうかと倉庫あたりでうろちょろしていたら、itayaさんとyasumuraさんがおいでた。yasumuraさんはギリシャ古典文学のプロフェッサーでひさしぶりにkanazawaの大学にて集中講義があったついでにyoromiにおいでたのです。英国の格式高い大学にて学んだりしていた言わずもがなのインテリで、背筋がしゃんと立っている凛々しきお姿に思わず「あいかわらず、お麗しい」と言ってしまいました。なんだか知的な会話をやらかしたくなって、ちょうど昨日、小委員会に行く前にざざっと呼んだヴォルテールの「カンディード」の話題を持ちかけると、まことに鮮やかにわたくしは知りませんが、ときっぱりと言われた。本物のプロフェッサーが放つ「知りません」と言う言葉は、かえって私には研究対象に対する深さが想像されて気持がよかった。カンディードはなんだか好きで自分の本棚から、なかなか離れない本の中の一冊なのです。その理由は小説最終行、主人公カンディードの言葉が大好きだからなのです。
「何はともあれ、わたしたちの畑を耕さねばなりません」
フランス革命後、絶対王政の崩壊による混乱の中を生き抜いたヴォルテール自身の一生のごときものがパロディーとして、一冊を駆け抜けているのです。東洋人にはわからないようなキリスト教やユダヤ人に対する風刺が文学として結晶していると思うのです。ただギリシャローマを知らずにキリスト教も踏み絵で撃退できると思うような心性から見ているせいなのか、逆にカタログの用語説明のような感じで西洋文明、とりわけフランスから見た世界が総覧できたような気にさせてくれるのです。岩波文庫にて、たったの172ページの中にです。(日本も踏み絵の国として登場している!)
文学って、人には見えないもの、を言葉にて見えるようにするという重大な役割を人類上になっているのですよね。と聞くとホメロスに純情を奪われたかのような少女に帰られたような輝く瞳を見せてくださいました。先生のような口調はこのような時には、なんとも心地よい響きを与えてくれます。kawasakiのお宅で、小さな畑も開墾されているとのことで、yoromi特製ボカシ肥料を大きな麻袋ごと持って帰られました。ジャガイモおいしいのよお。
さて、清々しい青空なのですが、何か引っかかるものがある。so 水だ。ポンプだ。自家水道だ。
とにかく下の貯水タンク&ポンプを見に行くと水は十分にある。よしよし。水が無いからポンプは自動停止したんだな。せっかくだからと上の方に向う。フタを開けてよく見ると水位が低かった。あちゃちゃ。あせってnishiyachiさんに来てもらうと、電気が来ていないという。土中に埋まった電線がモグラかネズミにかじられたのかも。もうお昼だし、電気屋さんも呼ばねばということで午後を待つ。仮設の電線でつなぐしかないということになる。午後、いつの間にか電気屋さんとnishiyachiさんのご長男がもう来ていた。感じがよくて、頼りがいがありそうな電気屋さんが、説明してくれる。配電盤の右はじにあるボックスを開けて、ほらほら、ここに黄色いスイッチ、これ安全スイッチなんですけど、これをこうして押せば電気がいくんですよ。思いだした。このスイッチはmurata住職もやっていたことがあった。なんだよ。すんません。しょうもないことでプロフェッショナルを呼んでしまってとあやまる。
murata住職のいない間に、水道のトラブルがなきゃいいがと思っていたのだが、とにかくよかった。murata住職がいなくなったら困るなあと思う時、真っ先に思うのはこの自家水道である。仏法よりも何よりも、自家水道の全てを教えてもらっておかないとと思うばかりなのです。
nishiyachiさんのご長男の方が、帰り際、あのこのまえいっしょにおったポンプに詳しい人、あの人ほんとに詳しいみたいで、あの人やったら、今日のこともわかると思いますと言って帰られました。「あっ、あの人うちの住職です」と答えたのであった。しかし、専門家がやってきただけで、安心できるのはなぜだろう。ご長男はまだその点甘いかもしれない。「おれも気が付けばよかったんだけど」と後悔をされていた。お父さんのnishiyachiさんも気付かなかったが、師は上水道設備&ポンプの専門が深いんだな。忙しい電気屋さんを「話が見えない」にもかかわらず、派遣してくれました。そして電気屋さんも電気設備プロフェッショナル。漏電の原因を尋ねる私に「完全に漏れたら、すぐにわかるんですけどね。中途半端だとちょっと……」。やっぱ中途半端はその道を極めた人でも見えないんだな。
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| この時はまだ、原因が見えていなかった。 |
ラベル:
spot of yoromimura,
日記,
本棚,
無題
2013年2月27日
雪漠。
今日、午前中は陽もさして温かった。真昼から夕方にさしかかろうとした時、温い雨音がしてきた。窓を見るとしずくが屋根からおりてくる。ああ春だなあと思った。夜、小便をしに外に出ると、月明かりの下に砂漠ならぬ雪漠がひろがっていた。北斗七星がうっすらと見える。PC漬けの目のせいか、ぼんやりとしか見えないんだ。気温がもっと低かったら、結晶が凍ってキラキラとしているのだろうが、積雪ものんびりと横たわっているようで、安楽な感じがした。雑木山もつぼみが膨らみはじめているに違いない。なんだかふっくらとした輪郭で風景を覆っている。空が高いなあ。と思いました。
三月が近づいて、せわしくなってきた。統合問題もいよいよ、明後日、教育委員会と直談判だし、日雇いの予定も入ったし。よろみ村通信もあるし。過去の通信を、再度入力している。なんとも、いいかげんなのだが、過去のテキストファイルが全く無いのです。ひまつぶしと言われそうだが、私はよろみ村通信の賛成派なんで。くだらねえなあと思いながらはじめたのだが、なかには新たな理解を与えてくれる文章も結構あって、いつの間にか読んでる。すでに死んでしまったitayaさんやhirota emikoさんの文章はほんとうに面白くてためになるという感じです。自分のは
ちょっとつらくて読めません。が入力はします。なぜこんな言い方しかできんのか。なぜ、すべてを人のせいにしているのか。我慢して読んでいると、決して意味のないことではないと思います。
書いた人に対する先入観でしか読めないのだなあと強く感じます。いいわるいの基準も、明確に持っている。それはかなりの驚きです。文章自体は、書いた本人から自立しているにもかかわらず、自分の理解を書いた人に返している。もちろん私の中にある書いた人です。私の中にあるその人と本人自身(なんと言ったらいいんだろう)は違うのですが、書いた本人自身も自分自身に対しては他者でもあるんですから、結局、いいも悪いも、決めようがない。事実は藪の中です。
私がいいと思える通信原稿は、書いた人の残像がまったく感じられない、文自体が自立した文章です。書いた人はなんでこんなものを書いてしまったのだろうと思ったに違いないのです。
追記
よろみ村通信原稿募集中。
年齢、性別、氏、素性、等々一切不問。
yoromimura@gmail.comあてに必ずテキストファイルで送ってください。マジです。
締切は3月10日。
三月が近づいて、せわしくなってきた。統合問題もいよいよ、明後日、教育委員会と直談判だし、日雇いの予定も入ったし。よろみ村通信もあるし。過去の通信を、再度入力している。なんとも、いいかげんなのだが、過去のテキストファイルが全く無いのです。ひまつぶしと言われそうだが、私はよろみ村通信の賛成派なんで。くだらねえなあと思いながらはじめたのだが、なかには新たな理解を与えてくれる文章も結構あって、いつの間にか読んでる。すでに死んでしまったitayaさんやhirota emikoさんの文章はほんとうに面白くてためになるという感じです。自分のは
ちょっとつらくて読めません。が入力はします。なぜこんな言い方しかできんのか。なぜ、すべてを人のせいにしているのか。我慢して読んでいると、決して意味のないことではないと思います。
書いた人に対する先入観でしか読めないのだなあと強く感じます。いいわるいの基準も、明確に持っている。それはかなりの驚きです。文章自体は、書いた本人から自立しているにもかかわらず、自分の理解を書いた人に返している。もちろん私の中にある書いた人です。私の中にあるその人と本人自身(なんと言ったらいいんだろう)は違うのですが、書いた本人自身も自分自身に対しては他者でもあるんですから、結局、いいも悪いも、決めようがない。事実は藪の中です。
私がいいと思える通信原稿は、書いた人の残像がまったく感じられない、文自体が自立した文章です。書いた人はなんでこんなものを書いてしまったのだろうと思ったに違いないのです。
追記
よろみ村通信原稿募集中。
年齢、性別、氏、素性、等々一切不問。
yoromimura@gmail.comあてに必ずテキストファイルで送ってください。マジです。
締切は3月10日。
2013年2月21日
ずるずると。
2013年2月7日
封建制と一言でくくれるものなのだろうか。
「無私の日本人」という本がまわってきたので、読みました。肝煎(きもいり)という役職が出てきます。この本では庄屋のことだと断言されていますが、そうなのでしょうか。無私ということを哲学概念的に解説されているのかと期待をしたのですが、実際は水戸黄門や暴れん坊侍に出てくるような損ばっかりしているけれでも、天から愛されている人が出てきました。この本の中に出てくる農民(百姓とういことばは中国語の中ではふつうの人という意味らしい)の中には、入念にも、自分がこんなすばらしいことをやったことを絶対に自慢してはならないと遺言までしておられます。
今でも、中年以後の人は「だれそれさんのきもいりで」と言うのですが、肝煎という役職があったということが驚きです。きもいりという役職が何かの保証を与える意味の名詞化がなされて、今ある。庄屋というのは、中央政権から与えらた職名という領域をはるかに超えて、村に君臨している。庄屋のだんなが、人格高潔で、徳の高い人ならば美しいドラマがあり、こずるい人なら、こずるいドラマが。いずれにしても、喜怒哀楽の全てはこのようなドラマから生じてきたのだなあと思われます。不覚にも、泣いてしまいました。
さても、民主主義というのも、ヨーロッパのかたすみで、一つのドラマから生まれたものなのでしょうか。日本の無私から、果たして完全公開の合議=民主主義と言いうることができるのでしょうか。 柳田村歴史物かたりにも肝煎がたくさん登場します。カンセンという人の名前だと思って読んでいたのです。
無私の日本人/文藝春秋
2013年1月20日
Mさんはosakaの人だった!
From Evernote: |
Clipped from: http://www.facebook.com/toshiya.nishikawa.73 |
- .PTA行事にて、市街地に行く。台北市出身で輪島市に嫁いできたキャリアの女性の講演に続いて、5人編成の小ユニット7個によるフリートークがありました。普通は前もってシナリオを作り、テーマも限定して行われるのが、こうした堅苦しい場での習慣でしたが、リーダーの「何も決めずに、ディスカッションの最中の気付きを大切にしたい」との方針で実施されました。
何も決めずにということを決めているともいえるが、そんなことを言ったら「それをいっちゃおしまいよ」だと、思う。ひきこもり系には、意識のリハビリ、自分のこだわりを明らかにするなど、非常に効果的なセッションとなりました。自分では、やはり自分の否を肯定できないのだなあと。自分が無意識で肯定している自分の宝はひどく醜く妖しい光を放っているなあと。性格わるいなあと。
PTAの連合会だから、市内全域の小中学校のPTA役員が結集していて、かなり広域の集合体が輪島市なのだなあと、実感しました。催しの場所が、公的行事の聖地たる文化会館で、図書館もあり、ちょっと寄りました。地域の歴史、奥能登の歴史をしるうえで面白そうな本は、ほとんどありませんでした。古いものとみんなが思っているものは、ほんとうは古くはないのです。せいぜい江戸以後の中央とのバランスを保つための文物を集めたにすぎない本が多い。
当時のなまなましい人々の暮らしを書き記した文章はないかと探すが、よく考えてみれば、探している自分の鼻息がもっともなまなましいではないかと思う。そうか、自分は歴史的存在として今こうして歩いている。という気付きがうれしかったです。文化会館を出ると夕方、冬にしてはめずらしく、トワイライトな感じでよろしい。自分の目線がパノラマモードだ。と思ったのでした。自分自身がもっとも古いものと直接つながっているのでした。しかもそれは、一瞬でもとぎれたことがないのが驚きです。
日本においてであろうが、外国においてであろうが、都市であろうが、村であろうがです。
2013年1月19日
明日は今年初の日雇い。
アンドロイドタブレットでネットを見てばっかしです。便利っちゅうのはきりがないものだなあと思う。電磁場っちゅうのも、かなり身体に影響を及ぼしているのが感じられる。中毒だな。なかなか、離れられない。何かをやった感がないので、探すのだが、なんもないので困ります。時間が経つのがものすごく速くなっているので、なんとか適切な体感に戻したいのだが、PCやタブレットが作動している間は無理なのはわかっている。で、消して台所を掃除して、ダイコンを洗い、漬物の準備をし始めると、気分も身体も動いているのがうれしい。ダイコンの種まきは去年の9月9日だったなあ。米こうじは去年の12月20日に麹むろから出したなあとか、いろいろ思い出したりもできて、時間の長さもほんの少しは感じることができるのもうれしい。
冬用の薪は貯金のような感じで思っているのだが、どんどんなくなっていくのも、なんだか気持がいい。探せば、いいものって結構あるもんだ。と思う。
冬用の薪は貯金のような感じで思っているのだが、どんどんなくなっていくのも、なんだか気持がいい。探せば、いいものって結構あるもんだ。と思う。
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| 思わず、TV画面を撮っちまった。積み木みたいな箱はおそらく10トンコンテナだ。広大な敷地に整然と並んでいるのだ。中国のスケールはちょっと日本とケタが違うな。 |
2013年1月14日
近況。
From Evernote: |
ミニ農園日誌Clipped from: http://d.hatena.ne.jp/recording12/ |
2013年01月14日
太平洋側に雪、こちらは晴れ間あり風なし。

いかに、人も物も車も飛行機も、あらゆるものが、ぎりぎりでやっているというのがわかります。失礼ながらあの程度の積雪で、マヒしている。マヒしたところばっかり探して映したのでもあろうが。インフレターゲットを設定したから、その分たいへんだ。
日雇いにも行かずに、家でぶらぶらしているのにもかかわらず、薪ストーブの前で発泡酒ではなくビールを飲んでいるのは、なぜだろうか。成人式で着飾った女性が笑顔でたいへんですと言っている。同じ年の長女はアルバイトか?かたわらで、お父さんが傘をさして自分のはげ頭を濡らしている。父は80を超えて母は75を超えて、次男を下宿させてくれている。末娘が小学校から書き初めを持ち帰っていた。習い事をしている同級生に伍して、金賞だ。
ようするに、家族のみなの、ある種犠牲があるからということも言える。で、私はそのような余裕の時間の中で、いったい何を考えているのか。漬物用のダイコンの掘り残しはないかということと、漠然と中学校の統合問題に対して、自分はいったい何をどう考えたらいいものかということぐらいなのであった。
東京などの積雪のニュースに、ちょっとざまみろって思う。
漬物用ダイコン。積雪は60センチくらい。
ハクサイをいれたギョーザ、美味。
ようするに、家族のみなの、ある種犠牲があるからということも言える。で、私はそのような余裕の時間の中で、いったい何を考えているのか。漬物用のダイコンの掘り残しはないかということと、漠然と中学校の統合問題に対して、自分はいったい何をどう考えたらいいものかということぐらいなのであった。
東京などの積雪のニュースに、ちょっとざまみろって思う。
漬物用ダイコン。積雪は60センチくらい。ハクサイをいれたギョーザ、美味。
2013年1月8日
精進するんだ。
久しぶりに読経をしました。わしの声に合わせてくれと懇願されているのにもかかわらず、いまだに合いません。第三者に尋ねてもそうなのだから、合っていないのは間違いないのだろう。この期におよんで、私はまだ、他人を疑っている。村田住職はわしの声が聞こえるでしょう。それじゃ合うわけがないとおっしゃいます。私もそう思うから、聞こえないようにと自分の声を調整しようとする。自分の声だと意識した時点で、もはや客観も絶対もなくなります。俺の大脳で聞きうるリズムとスピードを私の大脳を通した他者に強要しはじめます。ようするに、まったく合わないということ自体がわからなくなる。
だが、問題は少しもややこしくないし、複雑でもない。ただ、それぞれがそれぞれのスピードを持って、尚且つみんなして、それを合わせようとしているということだ。音楽演奏に造詣のあるあーちゃんが言うとったな。「合わせようとした時点で合ってない」問題がとてもシンプルゆえに、とてつもなく簡単なひと手間で好い故に、今現在の私には、とてつもなく難しい。
ということが今日、わかった。私の心と素直に出会おうとしないこの私がいけないんだ。仏道がどうちゃらとか、言語がどうちゃらとか、私とはどうちゃらとかなんぞ、その次でよかったんだ。
追記
げんさんは、さりげなく、音痴は許されるけど、リズム感は、みたいなことを言っていた。村田住職の木魚に照準を充てようとすると、村田住職のくせのある「森のくまさん」を思い出す。住職にしかできない、(まねできない)リズムなんだ。読経中、ほとんど声が聞こえないけいこさんは「合ってるわよ」と小さく笑う。謎は深まるばかりだが、謎を謎として放置することもありだな。
だが、問題は少しもややこしくないし、複雑でもない。ただ、それぞれがそれぞれのスピードを持って、尚且つみんなして、それを合わせようとしているということだ。音楽演奏に造詣のあるあーちゃんが言うとったな。「合わせようとした時点で合ってない」問題がとてもシンプルゆえに、とてつもなく簡単なひと手間で好い故に、今現在の私には、とてつもなく難しい。
ということが今日、わかった。私の心と素直に出会おうとしないこの私がいけないんだ。仏道がどうちゃらとか、言語がどうちゃらとか、私とはどうちゃらとかなんぞ、その次でよかったんだ。
追記
げんさんは、さりげなく、音痴は許されるけど、リズム感は、みたいなことを言っていた。村田住職の木魚に照準を充てようとすると、村田住職のくせのある「森のくまさん」を思い出す。住職にしかできない、(まねできない)リズムなんだ。読経中、ほとんど声が聞こえないけいこさんは「合ってるわよ」と小さく笑う。謎は深まるばかりだが、謎を謎として放置することもありだな。
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| どぶろく。甘酒に…。甘い。若い。これから。 |
2013年1月7日
あけましておめでとうございます。
ドメスティックの意味もわからず、ただ個人的なこと、家の中のことみたいな感じで、FBで更新をしてきました。あいかわらず、言葉の意味はわからないのですが、自分の身のまわりのことだと我流をやっておりました。しかし、自分という輪郭をつかめるものならば、もっとも外に向かわざるをえないような出来事だけでできあがっているような気もして、また逆に世界やみんなのことを思うこと自体が世界から遠ざかる行為であるような気もしてきて、自分という場は、どのような輪郭をも許すようでいて、どのような輪郭をも拒否するものだと痛感しました。
私は頭だけで自分という場をつくっているわけではない。というあたりまえのことが受け入れられそうなんです。出会いですね。人はそういう風につくられている。のかな。私はどのようにも変化するんだな。思い込みを一瞬でも笑えたらいいんだけれども。明日から学校始ります。松も開ける。朝の読経と坐禅に出始めようかと思っております。
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| yoromi諏訪神社前。 |
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| itayaさんと遭遇。ezaki家にやってきた子犬を見てきた。(かわいいの好き) |
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