今年は、日雇い仕事に、準社員のように、毎日出ることになっているので、心配です。ここから出ることさへできれば、積雪量も、ぐんと少なくなりますし、除雪車も、マメに出動するのですが。
今月半ば過ぎより、麹造り、味噌の仕込み、もちつきなどのスケジュールが始まります。麹づくりなどは、毎年、さて、どうだったかと記録を探すのですが、その記録さへみつからず、ほぼ、どろなわで終わります。本ブログにも日記のようにして、それらの行事があったことが書かれてありますが、こうして、「さて、どのようだったか?」に対する記録はあまりなく、今から読むとどうでもいいような、灌漑や思い入れにあふれていて、なんだかなあであります。それに、おもしろくもなんともないし。ブログそのものに対しても、もうやめようかと、思ったりしております。
んでも、純粋な記録性を求めると考えると、新たな希望も感じてもおります。ようするに、今は惰性でやっているようなもんです。いやなら、見なきゃええやん、なら即やめんと。
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わずかな距離が遠くなる。車がただの鉄のかたまりになる。 |
司馬遷が、二番目に思い罰を受けながら、その辱めを容認したがために、現代人が漢字文明の歴史をある程度まで正確に読むことができる。ドリフターズは高木ブーが、自分の無芸さを容認したがために、歴史的な芸能人になった。生物はいいものだけで交配していくと、種が消滅するのだそうだ。ダメな個体をたまに掛け合わせると種として、ものすごく安定するのだそうだ。
わかりやすいノートづくりをしたいと思っております。
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ずぼっと沈む。歩くのにも気を張る季節のはじまり。 |
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