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2014年4月13日

水と緑を守る市民連絡会は解散してません。

 資本主義は、もっぱら批判されるものとしてあるが、実はわれわれの意識の初期段階からわれわれとともにある。エコというコピーは商品に対するコピーでもあるが、われわれ自身がエコとともに生まれたのである。
 だから素直に正直に金を稼ごうとする行為そのものの欺瞞に気付けくことができない。自然破壊が開発とカテゴライズされ、無自覚に人を傷つけても、痛痒がなかったりする。昨年より、与呂見周辺の植林が刈り出されている。与呂見地区の人達が祖先の木を始末するために個別にやっているものと思っていたが、伐採業者がヒト山幾らで伐採権を買い取り、与呂見じゅうの植林を刈るらしい。たった十数本刈り出すために重機が長年培われてきた風景を一変させる。キャタピラー車が入りさへすればよいコンビニエンスな林道がである。彼らはコスト以上の金になるからと自然破壊などという自覚無く、ビジネスとして今日の流れ作業として重機や大型トラックをオペレートしているに違いない。この怒りを彼らにぶつけてもタコが自分の足を食うようなものだ。
 廃村、限界集落の問題に帰してはならない。心して、許してはならないものを許してはならないと思う。すこしづず、すこしずつ積み上げてきた文化がいとも簡単にくずれる。大型化、精密化し続ける機械システムは千年かかった表土を数秒でなくす。われわれの無自覚化が加速する。AIの言うことをもろ手をあげて信仰する。


こぼれ種(梅干しに不適とされた)だぜ。

2013年11月30日

老いるということの素晴らしさについて

岡林信康がテレビに出ておった。67才。1971年の日比谷野音でのコンサートを最後に姿をファンの前から消す。当時は音楽を自分の道具だと思っていたが、今は音楽の道具として自分がある。と言っている。このような逆転は自分にはなかなか訪れない。一生このままかもしれない。

2013年11月1日

飛んで火に入るエホバの方々。

ズルズルとしていたら、エホバの人たちがやってきた。神様の話かよと居留守をつかおうと思ったけど、けっこうそういう話は好きなので会う。マスクにめがねのおばちゃんと、女子大生のようなかわいいねえちゃんがいる。今日の神様の話は何から始まるんだと待っていると、パンフレットを取り出して、死んだ人に会えると聖書には書いてあるのですが、あなたはどう思いますかと来た。
 生前に知っていた人となら、私の頭の中でいつでも会えます。でもそれはあくまでも私の想像上のその人ですから、今目の前にいるあなたとここでこうして神様の話をしているかのように思えますが、私はあなたとほんとうに会っているのかと疑問に思うことがあります。
 また始まった。が、止まらない。メガネ越しの目に向かって、べらべらとしゃべっている。人格神として、五体が人のような姿の神様のイメージが強烈すぎて、聖書に入ることができないんです。あなたは何を信じてらっしゃる。と尋ねれれて、そのように言い訳を入れてから、私の中にあるであろうむずむずしたわからないこのこれを信じています。きっといつの日にか、私なりの言葉でこのむずむずを解き明かすことができるという可能性を信じています。なんにも、知らないくせに、キリストであろうとマホメットであろうと、お釈迦様であろうと、マザーテレサであろうと、達磨さんであろうと、ダライラマであろうと、かの人たちはきっと解き明かしたのでしょうが、それらの言葉は皆彼らの言葉にとどまっているのであろうから、ワタシ自身の言葉でそれらを翻訳できる日がきっとくるのだと思っています。メガネの方の影に隠れるようにして立っていた女性が一歩踏み出してきて、顔を見せてワタシの話を聞こうとしはじめるのを、いいことにして、何かうまくこの話をエンディングに持っていこうと思う。喋れば喋るほど、彼女は近づいてくる。メガネの女性も負けじと興奮してくる。まさかこのように自分たちの話に相槌をうってくれるような状況に少し驚いている。
 あなたたちのように、信仰を持つことを決心された方たちの知識とワタシのようにズルズルとしている者が読む聖書の知識とはゼンゼン違うんでしょうね。
 いつものように謙遜でつまりは自己韜晦でしめくくろうとするワタシにメガネの女性がマスク越しに言う。あなたのように、自分の思考のイメージの中だけでグルグルと堂々巡りをしている状態から見る神様と聖書に書かれた神は違うんです。このように言われる。後ろの彼女に向かって、聖書のもっとも古い言葉は何語で書いてあったんですか。「初期はヘブライ語で後半はギリシャ語です」。はじめにことばがあったと書かれてあったと思うが、それゆえに言葉が止まらない。言葉の止まらなさを人は人自身の永遠ととりちがえてしまう。
 このような話し合いは、相手に優しくしよう、相手とつながろうと思う限り、ゴールが見えないのであった。どんどん一人になっていくのであった。神はいつでも、必要な言葉だけをあらゆる人の形をとって届けてくれる。メガネとマスク越しの目が光っていた。「また会いましょう」ありがとうございました。

2013年7月29日

無題。(至上の理解者は最悪の誤解をしている!)

 あいかわらず、わけのわからないことを書いている。自分に正直であれと思うほど、アタマに浮かぶわけのわからない文章を許してしまう。意味の生じない文章を書く力がほしい。天邪鬼であってはならないが、言語そのものを感じたい。言語が記号であるということをスタート地点とするならば、言語そのものを説明することは不可能である。しかし、破綻した文章、すなわち絶望的な文章は、それが言語ではないというただ一点により、言語そのものを間接的に説明することができる。色も匂いも重さもないその場所をあらわすためには、言語で言語を説明しようとする行いよりは、悪くないし、間違ってもいないと。それそのものはあるのならば、ないのではない。などと言っても、どうにもならない。
 先日、BS放送で、どこかの民放局が1956年産のコメディー映画をやっていて、たまたま見た。くっだらねえと悪態をつきながら、なんかの溜飲を下げていると、ほんの2分も経たないうちに映画にのめりこんでしまった。ストーリーが完璧ゆえに、くっだらねえプロットが逆に人の生活そのものを描き出すのに有効であることがわかる。人を笑わせるためには今現在ある人の至高の標準的生活そのものを壊さなければならない。そして何より、普通の生活を骨の髄まで知り尽くしていなければならない。やはり一瞬でも意識が壊れたことの無いものには喜劇など到底不可能であることがわかる。さすが、目に見えない原子力発電にエネルギーのほとんどを頼ることを決定した国家だと思う。それに大好きなデリダやソシュールもネイティブとしての言語はフランス語だったのではないのかしら。(あんまり細かいこと言わないでください)明治維新政府は近代の国体をフランス人に真似たらしいのもわかる。自分の言語が音声的に世界一であると確信していることもここでは清々しい。
 ソシュールに関しては、今このおれさまが、言葉をしゃべっているということ気付くことのきっかけを作ったスゴイ人だと思っている。ソシュール自身はいま、私が言葉を話していることに気づいたとき失神も絶望もしなかったのだろうか。ソシュールの以前にもたくさんの人が気づいたではあろうが、そのことを説明できるそれこそ言語を持つまでになんという長い年月を費やしたことだろうか。今では、言葉を話すから人間であるという転倒が平気で行われていることを誰も不思議とは思わないのはなぜであろうか。彼自身は著作を残さず、沈黙してこの世界を去ったと言われているが、彼の沈黙が現在の(現在よりもちょっと昔か)構造主義と呼ばれる磁場を作ったのは自明の理である。
 田んぼで稲を育てようとしても、畑で野菜をどしどしこしらえようとしても、あるいはよき父としてなどとは言わないが、普通の家庭を築こうとしても、何かを始めようとするときに必ず、去来する寂しくて無力で虚無な感じ。そうした癖が私の意識にはあって、しかも、このことをまず説明してからではないと何事も始めてはならないと思っていた。が、これは今となって見れば、たんなるグズでのろまでこざかしい言い訳にしか過ぎないとは思う。再び、が、ミタビしかし、わたくしという一個の特殊現象をそもそも社会的言語にて説明するという間違いに気づくためにはとても、有効な遅延行為であったと思う。今50才を越えて、大脳の生理学的年齢も古くなり、記憶力、思考力などの能力も衰えて、しかもスタートラインでのぼたんのかけ違えに気づいたことは、わたくしという個人的現象にとっては何の意味がなくとも、社会的には非常に有効な検体となりうるのは間違いのないことであると思う。(犯罪者が明確に正義を輪郭づけるように)
 われわれは物語を脱して小説世界を維持できるかが、晩年の中上健次のとらわれだったように思う。文学者はそもそも破綻しているがゆえに世界を求めざるを得ないのだと。日本の俳諧には何かまだわれわれの知らない魅力があるように思える。否、日本語そのものにわれわれネイティブがネイティブであるがゆえに気付くことのできない磁場があるように思える。音声(的)言語だけをランガージュとするソシュール、書かれたものの中にエクリチュールを発見したデリダ、その両者ともによだれを垂らさんばかりに日本の書物を手に取るに違いない。

日雇いに 明日も行けと 暦言う

2013年5月15日

こかせてください。

ryushou寺前デカ田の裏山に道があります。5年ほど前に炭窯がつくられました。→わじゅカタル
古い言葉が知りたいと思っています。違うかもしれんが、日本だけなんではないか、たった200年前の日本語がわからないのは。書き言葉という特殊性があるのかもしれないが、それでも辞書を引いても読めないのは大変なことと思うのです。
 よく考えれば、古い言葉は自分にとっての他物として封印されているがゆえに、現行の意識がどうにかこうにか、古い書かれたモノを認識できるようになるということは、他文明では考えられないような出来事をもたらすのではないかという淡い希望です。なぜ、唐突にこのように言うかと言えば、yoromiのような僻村にて、連日田んぼに入っていると風景を描写しようとすると、あまり使えるような言葉がなく、(かえって、測量、土木系の専門用語が機能せざるを得ないという気がします)もしかしたら、長い文章を重ねることなく、たったの一語で目の前の瞬間を書きとめることができるのではないかと思えるのです。(かろうじて、芥川龍之介の中期の伝記的作品にその名残があるような気がします)
 小学校から漢文をはじめとする難しい勉強をしておけばと思ったりします。良かれと思ってという明治時代の官僚の方々の努力がかえって、自分自身を表現する時に、その行為を阻害する働きをしていると思うのです。われわれ、現在に生きる者は明治時代以前を博物学的にとらえるより手立てが無いのです。
 古い言葉は消えてしまってはいない。無用の長物としての厖大な古書を、今一度、じっくりと味わってみたい。
itayaAさん、朝の読経後、くりの窓を拭いておられます。

2013年4月30日

こんな行為はダメだったのだろうか。

JUSAI 123 : やすむぞ←クリック

東日本大震災から、わずか2ヶ月でした。2年以上経って見返してみると笑えない記事でした。まず、考えたのがセシウムなどの放射線が微量でも来ていたのに違いないことですが、そのことだけではありません。不気味なという感じは正直思ったのですが、原発問題、福島第一原発事故の問題など、賛成反対、脱原発、反原発、中間派、無関心(を装う)なという風に細かく分かれて、影に日向に議論、中傷合戦などがなされている現在、「なんだか気持ちが悪い」「得体の知れない気分になります」とは言いにくい雰囲気が醸成されていることに気づきます。
 今でも、そのように思っています。世間では放射線の話はおろか、東日本震災自体のことが、メインで話されることがなくなりました。かろうじて、経済的な側面から報道などはされていますが。私のこの行為と記事自体は傲慢そのものですが、自分の思ったことをそのまま、というスタンスを貫こう(んなおおげさな)ということが記事更新を続けるモティベーションの一つには違いないのですから、どうか、そのようなわがままをお許しください。私は他人の意見を聴きにくいタイプの人間(構造的にヒトの意識は他人の言うことを聴けないのだと思ってたりします)ですが、私のわがままは、どのような他人の意見をもまずは聴くということが、不可欠であるということは忘れないつもりであります。(ヒトの言うことが聴けないから自意識という空間が育ってしまったと、今でも思っております)
 放射線のことを人類はまだ、あまり知らないのではないかという疑い(確信)があります。ならば私は声を大にして言いたい。思いつく限りの最悪の事態を基準に考えるべきだと。人類は人類のことを、まだあまり知らないし、経験も膨大な歴史記録のわりには、それほど豊富ではないと、もっともっと謙遜せよと、私という人類の一つに言いたい。くどいようだが、自分自身に、どのような意見も、必ず1回は聴けと強く言いたい。聞いたか?jusai123!ほんとうに不気味なこと、気持ち悪いことに対する感覚器官を自愛せよ!?

nakada本家さんの田んぼ。歴代家系の薫陶か、美しい仕事をさりげなくされます。小さな耕運機で。

私は意識の上にある普遍でもあるが、自意識を一般意識と混同するというあやまちに気づいたところで、止まってしまっている。再び、意識は自意識に語りかけなければならない。「なあ聴いてくれるか?」というところから。(わけのわからないところに、久々に行ってしまいました)(^0_0^)

2013年3月4日

漏電。loading


雪解けの 速さを競う カメラかな。

 北海道や青森ほどではないけれども、積雪は思わぬ被害をもたらします。たとえば昨日などはお米の精米をしていていきなり精米器が止まった。夜おそかった(言い訳)から、今日先日、murata住職に言われていたどおりに、まれに出ていた太陽で精米器のポンプを干す。ふと、漏電ブレーカーは作動していないだろうかと配電盤を見ると降りていた。スイッチを戻すとポンプが作動する音が聞こえたのだが、すぐに収まった。いつもより大きな音だったから気になった。
 まっ帰ろうかと倉庫あたりでうろちょろしていたら、itayaさんとyasumuraさんがおいでた。yasumuraさんはギリシャ古典文学のプロフェッサーでひさしぶりにkanazawaの大学にて集中講義があったついでにyoromiにおいでたのです。英国の格式高い大学にて学んだりしていた言わずもがなのインテリで、背筋がしゃんと立っている凛々しきお姿に思わず「あいかわらず、お麗しい」と言ってしまいました。なんだか知的な会話をやらかしたくなって、ちょうど昨日、小委員会に行く前にざざっと呼んだヴォルテールの「カンディード」の話題を持ちかけると、まことに鮮やかにわたくしは知りませんが、ときっぱりと言われた。本物のプロフェッサーが放つ「知りません」と言う言葉は、かえって私には研究対象に対する深さが想像されて気持がよかった。カンディードはなんだか好きで自分の本棚から、なかなか離れない本の中の一冊なのです。その理由は小説最終行、主人公カンディードの言葉が大好きだからなのです。
「何はともあれ、わたしたちの畑を耕さねばなりません」
フランス革命後、絶対王政の崩壊による混乱の中を生き抜いたヴォルテール自身の一生のごときものがパロディーとして、一冊を駆け抜けているのです。東洋人にはわからないようなキリスト教やユダヤ人に対する風刺が文学として結晶していると思うのです。ただギリシャローマを知らずにキリスト教も踏み絵で撃退できると思うような心性から見ているせいなのか、逆にカタログの用語説明のような感じで西洋文明、とりわけフランスから見た世界が総覧できたような気にさせてくれるのです。岩波文庫にて、たったの172ページの中にです。(日本も踏み絵の国として登場している!)
文学って、人には見えないもの、を言葉にて見えるようにするという重大な役割を人類上になっているのですよね。と聞くとホメロスに純情を奪われたかのような少女に帰られたような輝く瞳を見せてくださいました。先生のような口調はこのような時には、なんとも心地よい響きを与えてくれます。kawasakiのお宅で、小さな畑も開墾されているとのことで、yoromi特製ボカシ肥料を大きな麻袋ごと持って帰られました。ジャガイモおいしいのよお。
 さて、清々しい青空なのですが、何か引っかかるものがある。so 水だ。ポンプだ。自家水道だ。
とにかく下の貯水タンク&ポンプを見に行くと水は十分にある。よしよし。水が無いからポンプは自動停止したんだな。せっかくだからと上の方に向う。フタを開けてよく見ると水位が低かった。あちゃちゃ。あせってnishiyachiさんに来てもらうと、電気が来ていないという。土中に埋まった電線がモグラかネズミにかじられたのかも。もうお昼だし、電気屋さんも呼ばねばということで午後を待つ。仮設の電線でつなぐしかないということになる。午後、いつの間にか電気屋さんとnishiyachiさんのご長男がもう来ていた。感じがよくて、頼りがいがありそうな電気屋さんが、説明してくれる。配電盤の右はじにあるボックスを開けて、ほらほら、ここに黄色いスイッチ、これ安全スイッチなんですけど、これをこうして押せば電気がいくんですよ。思いだした。このスイッチはmurata住職もやっていたことがあった。なんだよ。すんません。しょうもないことでプロフェッショナルを呼んでしまってとあやまる。
 murata住職のいない間に、水道のトラブルがなきゃいいがと思っていたのだが、とにかくよかった。murata住職がいなくなったら困るなあと思う時、真っ先に思うのはこの自家水道である。仏法よりも何よりも、自家水道の全てを教えてもらっておかないとと思うばかりなのです。
 nishiyachiさんのご長男の方が、帰り際、あのこのまえいっしょにおったポンプに詳しい人、あの人ほんとに詳しいみたいで、あの人やったら、今日のこともわかると思いますと言って帰られました。「あっ、あの人うちの住職です」と答えたのであった。しかし、専門家がやってきただけで、安心できるのはなぜだろう。ご長男はまだその点甘いかもしれない。「おれも気が付けばよかったんだけど」と後悔をされていた。お父さんのnishiyachiさんも気付かなかったが、師は上水道設備&ポンプの専門が深いんだな。忙しい電気屋さんを「話が見えない」にもかかわらず、派遣してくれました。そして電気屋さんも電気設備プロフェッショナル。漏電の原因を尋ねる私に「完全に漏れたら、すぐにわかるんですけどね。中途半端だとちょっと……」。やっぱ中途半端はその道を極めた人でも見えないんだな。

この時はまだ、原因が見えていなかった。




2013年2月20日

つねに、原発事故後。最短で300年間。最長で2億年。

組織っちゅうんですかね、目に見える部分が、何かをやろうと決めた時にその何かは発表されるんすかね。これをやろうとおもうんだけれども、どうだろうかと、決める前に発表されるっちゅうこともあるんすかね。どっちが多いんすかね。
 民間の私利企業と、人の金をあずかって運営している、たとえば、地方公共団体では違うだろ
うし。何かを本気でやろうとしているのが組織の目に見えない部分に属しているとなると、どちらにしても、それはあんまりよくないんじゃねえのという声は届かない。すでに目に見えない部分に沿うようにして、利害関係者からうごめき始め、中間にもろもろのものをとりこみながら、最終的に多くの目に見えない人たちの無言の声が、何か、の全体をゆるやかに覆う。それ、おかしいんじゃねえのは、不思議にも緩やかな幕に覆われたこの、何か、に必ずたどりつく。
 さて、目に見えない部分っちゅう言い方はあまりにも抽象的ですね。これが最大のなぞですね。それ、やめてほしいなあが、増えるほどに抽象度が増していく。これはかなり怖いことですぞ。この部分は目に見えなくなって、しかも無くなりそうもない。(決して、放射線のことを言っているわけではありません)何かをやろうと決めた人物や団体が仮にあったとして、彼らのコントロールの範囲さえ、越えてしまうんですから。コントロールできる意思はこの世にはほとんどありません。地球外生物はこれに全く興味を示さないでしょうし。
 何事も起こらず、よりよく機能する、何か、がほとんどで、そうした事例はとりたてて、騒がれることもなく、ふつうのこととして日常を形成していることと思います。問題は、問題がありそうだと騒がれた、何か、です。致命的なことがあった時に目に見えない部分の不気味な意思は、いろいろな場所で試験紙に反応するようにして出現しております。いまだに放射線が放出されている状況を見ないようにしているテレビなんぞ、その最たるもんだと思います。(あれ、放射線のことをいいたかったわけじゃないんだが)

2013年2月7日

封建制と一言でくくれるものなのだろうか。


 「無私の日本人」という本がまわってきたので、読みました。肝煎(きもいり)という役職が出てきます。この本では庄屋のことだと断言されていますが、そうなのでしょうか。無私ということを哲学概念的に解説されているのかと期待をしたのですが、実際は水戸黄門や暴れん坊侍に出てくるような損ばっかりしているけれでも、天から愛されている人が出てきました。この本の中に出てくる農民(百姓とういことばは中国語の中ではふつうの人という意味らしい)の中には、入念にも、自分がこんなすばらしいことをやったことを絶対に自慢してはならないと遺言までしておられます。
 今でも、中年以後の人は「だれそれさんのきもいりで」と言うのですが、肝煎という役職があったということが驚きです。きもいりという役職が何かの保証を与える意味の名詞化がなされて、今ある。庄屋というのは、中央政権から与えらた職名という領域をはるかに超えて、村に君臨している。庄屋のだんなが、人格高潔で、徳の高い人ならば美しいドラマがあり、こずるい人なら、こずるいドラマが。いずれにしても、喜怒哀楽の全てはこのようなドラマから生じてきたのだなあと思われます。不覚にも、泣いてしまいました。
 さても、民主主義というのも、ヨーロッパのかたすみで、一つのドラマから生まれたものなのでしょうか。日本の無私から、果たして完全公開の合議=民主主義と言いうることができるのでしょうか。 柳田村歴史物かたりにも肝煎がたくさん登場します。カンセンという人の名前だと思って読んでいたのです。

無私の日本人/文藝春秋
¥1,575 Amazon.co.jp

2013年1月25日

漱石は文豪ではない。

俳諧というメディアは、なんだか不親切に思える。パクッと私とも言えない私の瞬間を切り取ったかのように、あらゆる説明解釈を容認しているように思える。ということはどのような真実も私に関する限り無いと言明しているようなもんである。それに明治時代の俳人たちは、文字に関するエリートでもあるのだろうから、彼らが解釈を施せばほどこすほどに蕪村の俳句は奥深さを匂わせてくる。集中して読もうとして、まわりが静かだからといって文字面に集中できるわけでもなく、また、その気になれば、テレビがうるさかろうが、ぐぐっと入ってくる。誰も俺が読むことを邪魔なんかしていない。ということがわかる。文字のエリートのすごさは、所有している語彙の量や質ではなくて、文字に対する態度以外にはないのだろう。言葉を持つということがとてつもなく責任を課していたのだろう。以外に漢語の間違いを頻繁に犯していたのではないか。(こんな風に)
 そんなアナログな中、アンドロイドタブレットにて青空文庫の漱石を読んでいる。文字の大きさを変えればたちどころに、行数が変化する。字を大きくすると、やけに漱石の生々しさを感じたりしそうになる。あくまでも気のせいの世界のことを言っているのだから、それってほんとう?って聞かないでほしい。やけに津田はずるいやつだし、延子も。なんてこずるい夫婦だろうかと思う。小林はなんと、か弱い男かと思う。か弱いなんてもんじゃないな。なんとモロい男にしか見えない。だから津田を攻めきることができずにふんとに中途半端極まりない展開だ。吉川のおばはんが、なんとか場を展開させようとしているが果たしてどうだか。漱石は出ることかなわない迷宮に自家中毒していたんじゃないのか。なぜ、人にはFACTとFEELが同時に存在するのかが、数学的に理解できなかったのじゃないか。あの執拗な内面分析とセリフの連続自体が尋常ではない事件だと思う。
 蕪村句集講義にて、正岡子規が言っていた。「蕪村は読めば読むほどおもしろい」漱石もそうだよね。

2012年8月7日

日曜日はストレンジャーby石野真子

朝一番に、駐車場用の土砂利を頼んでいた、mori土木の社長さんが現場を見に来る。結局、思ったよりも土砂利が必要にて、けっこうな金額になる。でも、それでお願いすることに。
 nishikawa家の墓をそうじしにいく。日陰にてきもちのよい日。その足で、morishitaさんの家に行く。wajima最高峰のkoushuzanのふもとというか、入山口のような場所にある。海へ行こう行こうとうるさい氏にことわりに。カルピスソーダの冷たいのを出されて喜ぶ。駐車場のことを話すと、いつもの調子で、「なーんで、そんなお金つかって、砂利なんかしくのー」「わけのわからんことをするなー」土砂利をわざわざ使わなくても、地面を切り貼りすればできるよー」とほくそ笑んでいる。
結局、mori土木にお断りの電話をいれる。その際、村田住職に、対応がまずいといわれる。自分の気持ちばかりを優先して相手の思いをまったく聞こうとしないみたいなことを言われる。村田住職によれば、jusaiはふつうにしゃべれていないらしい。いわれることはなんとなくわかるが、ダンプを呼ぶにもかかわらず、ダンプが通れないほどの枝ぶりに囲まれた道は、自分の思いそのものの帰結ではないかと、思う。すると、村田住職は、いきなり会話を打ち切って、すみませんを連発する。冗談とも本気とも理解不能な対応にjusaiは大きな?だった。なんとなれば、yoromiのトポスこそが、村田住職の思いの上に成立したものではないのか。と思う。社会から隔絶して、なおも、その社会の末端にいること自体がおかしいのではないかと思う。その上で、生活費はいったいどうしているんだ。賃金労働をまったくせずに、どうしたら、生活が可能なのか。日ごろの村田住職に対する不満が爆発する。住職は、シンパシーを持つ人に対してしかしゃべれないのではと日ごろから思っている。そして自らにシンパシーを感じない人は、自分にとって知らない人としてまったく放置して、平気だ。なぜに、そのようなポジションが許されるのかがわからない。それが坊主ということなのか???
きく。

きく。

やっぱり、おれはここに入る。
がまんがならないから、書く。今日からは、jusaiは見知らぬ人にあいなったのだった。



真夏の夜の雨

思考という名の

沈黙に眠る私よ

言葉という名の

停止に眠る私よ

眠れないままに

歯ぎしりをする私よ

私という名の

何をさすのかわからない

言葉と思考よ

2012年6月20日

タマワリ。

いくばくかの金にはなっているが、今日のタマワリが直接金になっているという感覚はなく、台風の残り風が吹くさびしいムラを軽自動車が行く。コナギとのタタカイは峠を越えようとしている。秋草と村人が呼ぶオモダカやクログアイが目立つようになってきた。が、全体的に稲が他の植物より一歩先に育っている。(田んぼだから当たり前ですが)んでも、草が多いところは多いです。(当たり前ですが)
 そいういえば、例のコウゾリナほんとうにどこにでもあって、自宅近くにもありました。sakataやyoromi high wayでもけっこうあります。それでもやはりsakata4枚田はアザミ田んぼと名づけたいくらい目立ちます。他の草より目立っている。争っているのだろうか。生き物は争うことによって、質を高めないと種としての存続は無いのだろうか。イヤ、同じ種でも、それぞれの個体同士間で異種間よりもさらに苛酷な争いが不可避なのだろうか。(個体という感覚はヒトにしかないのかな)突然変異は遺伝しないというから、むしろヒト以外の意識を持たないと言われる生物の方が、個体感覚は強いのではなかろうかとも思います。個体感覚が強いと、かえって固有名を必要としませんし、当然のことながら他者すら必要ありません。原理的に言って、そうした個体は個体そのものであって、周囲の環境と全くの対等であることでしょう。すなわちワタシがココにいるという感覚だけが鮮明であろうと思います。説明や描写をする必要がありませんでしょう。
 台風一過、本来ならば、深水のために注水をしたい田んぼが何枚かあったのですが、これから再び雨も予想されるような今日の日に、洪水予防のために用水を止めた場所を開けるのは気が引けます。実際、空はどんよりと曇っており、天気予報も雨となっている。まっいいか。
 このようなムラの常識からぬけられないヒトにとって、周囲の環境は経済的であり、歴史的であり、気象学的でもあり、今目の前にある田んぼに水が貯まるには相当な段取りが必要になってくるのでありました。
 にもかかわらず、実際に手をくだすことといえば、田んぼから泥をすくって、アゼに塗ったりすることぐらいなのでした。消費増税法案や、電力の問題などで飛び交っている何兆円という単位とはあまりにも違いすぎる自分の仕事に情けなくなってくるのでありました。(そうではない価値などといっても、見えません)
ばばなき田んぼ1。

ばばなき田んぼ2向い。コナギどころか草自体が皆無なのだ。

sakata3.。

saakta4。

sakata2,1を望む。アザミの花はほんとに目立つんだ。

2012年5月2日

苗床から田んぼへ。1/3

もう5月です。4月の出だしは寒かった。8月に雪が降ってもおかしくないと思うほど。にもかかわらず、最近の暑さはどうだ。体もそうですが、意識もついていけない。
雪のトンネル。yoromi村参道南側。
苗床や田んぼにとってはありがたい気候ではあります。今日、田んぼに水をいれるべく田まわりをしてきました。この時期は雪解け水のおかげで用水はゆとりがあります。まずはsakata地区の4枚へ。sakata地区は舗装された林道(yoromi highway)を5キロほどまいります。ひとけのあまり感じられない地区のはずれにあります。田んぼの用水の堰が500メートルほど離れた小川なのでそうじがたいへんです。縁掘り(えほり)といって、村々の春一番の共同作業がありますが、一人でやるのはさびしいものです。長い。ついついめんどくさくなって顔を上げると村の神社が目に入ります。田んぼというのは不思議な不動産です。私たちはすべての田んぼを人から借りてやっているのですが、自分たちの都合でめんどくさいものはやめたり、あるいは突然田んぼをやらなくなったからと頼まれてやったりと別に契約書などなしに口やくそくで田んぼがなされます。家にもよるのでしょうが、都市部はともかく、山奥の村では田んぼを自分のものだという感覚が薄いのではないでしょうか。誰がやってもいいけれども先祖代々やってきた風景が途絶えることを最も嫌がる方が多いのではないかと思います。

自分のものでは、絶対にない場所ということが、重要なことなのではないか。神社も。
さて、田んぼというのは外から見るのと、実際に中に入って見るのとでは大きさが違います。田んぼに限らず、自分が持ち主となった場所というのはとても大きく感じます。不動産としての所有ではなくて、自分が耕作するという意味で自分のという言葉を使いました。自分がやらない田んぼは自分のものではないのです。少々ケチクサイ考えなのですが。それにしても、sakata地区の4枚田んぼをやっているから(すなわち自分のものと考えている)小川から田んぼまでの長い用水でうろちょろしていても不審者あつかいされない幸せを感じました。誰かがどこかから見ているという感覚は消えませんが、もう15年近くやっている田んぼですから(jusaiがyoromiに来てから)どこかでここらへんは自分の場所だと思わせてもらっています。時折見上げる神社におわす神様はどう思っているかはわかりませんが。
堰。

用水。水はすぐにはやってこない。
水よぉー。(sakata4枚田1)
あと、40枚近くある田んぼ(大きくても小さくても1枚は1枚)にて水尻(排水口)を止めて、水口から水を入れるという超シンプルな仕事を繰り返します。それぞれの田んぼの環境は千差万別ですが、基本的に同じことをくりかえすだけであります。yoromiや周辺ではいったい何回このことがくりかえされてきたのだろうかと想像することは、同時にあと何回このことをくりかえせるのだろうかという想像とちょうどつりあって、今私が田んぼに立っていることの奇跡を感じさせてくれる瞬間が訪れます。その瞬間に私という小さな点のような呼称が入る隙などまったくありません。そして水が流れる音や、カエルの合唱や淡い新緑や、能登空港から離陸した旅客機の轟音や、その他、五感で感じ取れるだけのものが一つになる時があっという間に過ぎ去って行きます。






2012年4月17日

慈悲と利他。

yoromiは10年前ぐらいから、それまでの慣例をやめて野菜をそれぞれの家庭で

2012年4月16日

除染?

朝、テレビを見ていたら、放射性セシウムなどを取り除く方法論が議論されていた。あたかもこれまでの公害物質のように限りなくゼロにすることができるかのような話だった。確かに物質には違いないのだろうが、かの物質がこれほどまでに恐怖されているのは物質そのもののせいではない。その物質のあり方が問題なのだろうと思う。しかもそのあり方は遺伝情報の格納庫にしてそれぞれの生物の設計図たる遺伝子を破壊する。そのことが恐怖の真因である。我々の自意識からすれば、目にも見えない、匂いもしない、重さも感じない、すなわち五感では感知できない物質のあり方である。ということは、放射線事故というのはわれわれが世界をどう認識するのかということと同列の意味そのものの問題なのではないか。日常の風景に放出された放射線の存在はわれわれの世界が人が作った有限の世界であるということを露呈せざるを得ない自然現象に過ぎないゆえに、人が真に恐怖しているのはガンになるだろうということではなくて自分という存在を絶対的に守ってくれる容器がこの世界ではないのだということの発見によるのではないだろうか。

今まだ残る積雪の中のバラス。
意味としての人という存在は放射線という自然現象をコントロールどころか、問題として感知することもできないのである。科学的知見の外に放射性セシウムは厳然と存在しているのである。われらのどこを探しても、それを感知する器官が無いことに愕然としているのである。敵はわれらの感覚器官をつかさどる部分にまでくいいっているのに、それらとうまく付き合うとか、コントロールするとか、負けないという物語など構成のしようもないのである。いったん出来上がった意味は人が消えない限り、消すことができないのである。情報のようにいとも簡単に消えてはくれないのである。
ただただ、こわいのである。もはや、自然現象として、ただただ、セシウムはあるのだから。



畑に落ちては困るので、バラスを取り除きました。

梅がほころびました。

しいたけの植菌。
しいたけ山はezaki家のふもとにあり。

2012年4月15日

輪島市長よ。

現輪島市長は昔、当地にゴルフ場建設計画が持ち上がったおりに、反対運動にも参加されておられました。市役所の労働組合にて原発をはじめとして、様々な問題に真剣にとりくんでおられました。
どうして、あなたはそうなってしまったのか疑問にたえません。あなたが、立ち向かっておられた当時の自民党以上に自民党的手法にて市制をになっておられるようにしか思えません。
 なぜ、唐突に瓦礫受け入れを表明されたのかわかりません。http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2012/04/blog-post_14.html

2012年3月3日

過剰な自意識と出会う。

三月一日、久しぶりに一日坐ろうと思って本堂に行きました。誰も坐っておらず一人でちょこっと坐っておりました。誰も見ていないから足が痛くなったら組み替えては、休んではとにかく夕方まで本堂におりました。どうしたら、ずっと坐っていられるか足の組み方やら胴体の位置、手のすえ方からいろいろと試してみるのですが、どれもダメでした。でも一番つらいのは、いろんなことを考えるのですが、こうした考え自体を維持するのが最も困難なのではないかと、一人勝手に思いました。何のためにとかどうしたらとかいろいろ考えているうちは時間も進みますが、それすらも誰かの他人の考えのような錯覚がおき、いても立ってもいられなくなりそうになります。そうした時、足の痛みは小さな恐怖を取り除いてくれました。
 今日、飼い猫が重体になりました。もう水も飲めず、どこかの猫に噛まれた傷が化膿して目に垢がたまり、口からは血反吐のようなゲロのような液体を垂れ流していますが、うなることもなくただうつぶせになって小さく体をゆするばかりです。自分は痛んでおらず、ある程度の余裕をもって、どうしたらいいのだろうかとぼそぼそ言っていると、勉強会の時を思い出し、阿弥陀様が救ってくださるようただ、念仏を言いなさいと言われていたようにも思えたが、本当に親鸞が言いたかったのは何をやっても救われないのだということなのではないかと思うと腑に落ちたように思いました。だが、この私の自意識は決してその言葉を受け入れない。
 この自意識ごと、どうにかしなければならないのだと思いました。本当にこのことは簡単なことなのだと思いました。だからこそ本当に難しいのだと思いました。自分で自分の意識に栄養を与えながら今日もだらしなく自意識に翻弄されて終るのです。

2012年2月26日

わからないと知ってはじめて知ることの可能性が生じる。

プロの作家のすごいところは、人とは違う特別なことを書けることではなくて、あたかも普通の人がいるかのような普通の世界を書けることだと思う。何かを書こうとするド素人は自分にしかわからないことを書こうとするするものが多く、文章そのものが普通ではなくなっている。では普通の文章なるものはあるのか?普通の世界を普通の文章で書くことに何の意味があるのかと思うが、残念ながら自分にはわからない。自分というものが特別であることを疑えない私には一人のシンパシーも知人もなく、最低限の普通もありえない。特別な状態が普通なんだとも思うが、これは単なるレトリックというやつだろう。どうして、普通をわかったように普通と言えるのか。書き言葉そのものが普通の素地を生み出しているとしか思えない。いいとかわるいとかの問題ではなくて、書かれたものがあるということに疑いをいだいた書かれたものなどあるのだろうかと尋ねたい。唯一生きることそのものが苦であるとゴータマシッタルダが言ったと書かれたものに可能性を感じるのは偶然でも、出版社の宣伝によるのでもなくて、求めざるをえない事情が私の中にあるのだ。作家には草野球や、草芸術家というジャンルが存在しないと思うからプロ作家という言い方をしたのだが、彼らの書いたものの中に出てくる登場人物がどんなに異常な存在であったとしても普通に読めるのは作家の力なのだろうか、それとも読者の力なのだろうか。あるいはほんとうに実在するほんものの世界の力なのだろうか。どんどんわからなくなっていく。

2012年1月29日

大脳までもが老いるということを想像できなかったのか。

構造主義とかポストモダンだとか、哲学的な問題だとかにひっかかるようでありながら、いざそれらが何を指すのかということを考えてしまうと、どこから入っていいのかわからなかったり、個別の用語が
説明者によって微妙に違っていたりして、時間だけが経過してしまったという感じだ。何かを考えたい盛りの若者が最初にぶつかる壁のようにしてあったのだった。そうした感じはもしかしたら簡単にわからないと言えなくなるような装置として、少なくともこの日本ではジャンルとして置かれていたのではないかと最近になって思う。種としてのジンルイであるとか人間であるとかの表現自体がいわば本来普遍的な一般名詞であったものが、それを考える主体としての個人しか指さなくなってしまったのではないのか。普遍を記述する物がそもそも一個のモノになってしまっている。そこには当然のこととして長年積み重ねられてきた言語活動の中で抽象化されてきた意味そのものの否定が含まれてしまうのではないか。意識が肉体を否定したというか。こうした活動記録そのものが想像されるしか手がないものとして時に文学そのものの構成要素であったと思う。人間の外にたった元人間はいったいどこに立っているのであろうか。ついに最近の若者はという言い方が消えたのだが、成長の止まったままの最近の若者がついに初老を迎えつつあるのであった。