2012年7月8日

yoromi地区の草刈。

一年に一度、光が夏へと変化しはじめる今頃、与呂見地区の草刈奉仕があります。老老男女が集って、林道(yoromi high way)脇の草刈をします。総勢15人ぐらいはいたでしょうか。yoromiからは村田住職とjsaiが参加しました。村田住職はyoromiを開いて、すでに30年以上、生存中の半分を暮らしていますから、古老たちのまだ、ぎらぎらしていた時を知っているのでよう。「みんな年を取ったねえ」の言葉にも意味深いものがあります。自分自身は、はたしてどうなのか。老人の中には誰一人として、自分を老人だと思っている人はいないのではないだろうか。宮沢賢治ではオーバーで、不謹慎ですが、あなたがたからみれば、さぞや悲惨な風景でしょうが、私からみれば、ただの冬景色ばかりですみたいな詩があったように思いますが、常にいつでもそうなのでしょう。毎夜、歯をみがく時に見る自分の顔は中学生の時とちっとも変わっていない。(最近はそうでもないけれど)自意識は年をとりようがないのでしょうか。
こんな時にカメラを持ってきていなかったので、みなが、ダベっている間にカメラを取りに行きました。しかし再び戻ってきたら、すでに散会となっていたのでした。
諏訪神社の草刈を有志でやるそうです。「あんたらはいいから」と言われたそうですが、いまだに多感なjusaiは「やっぱり、仲間に入れてもらえないのか。まだまだ、旅の人(能登ではよそもののことをこう呼びます)なんだな。でも写真が撮れそうだと諏訪神社前のわれらが田んぼの草刈をしようと思いました。神域で草を刈るネイティブyoromiの人たちを少しうらやましくなりました。実人生では家々の間でいろいろな関係性があることとは思いますが、そういう不都合なことをも含めて家族のようなもんだな、と思いました。もちろん、窮屈だなとも思います。
諏訪神社の神様に問います。私はここにいていいんですかと。返事はありません。しかし、足元を見れば、田んぼのアゼです。田んぼを見やると、オモダカが多くて、ガッカリします。ふと思う。
田んぼというのは、ネイティブであろうと、旅の人であろうとやる人を選ばないのでは?と。まるで楽園ではないか。田園。田楽。今日はかなり強引に攻めました。
その後、saaktaの方に向かいました。堰を元にもどすためです。一人ぼっちです。なんでオモダカあんなに多いんだろうとか、なんで銀座田1はコナギがあんなに元気なんだろうとか、おいおい、ばばなき田んぼ2クログアイ多いやんけとか、落ち込んでいると、夕べの日差しはちょうどやわらかくsakata4枚田を逆光にて照らして稲の緑がやわらかく見えました。ちょうどアゼに大きな石があって座って、ボケーっと条の揺れる様を見ておると泣きそうになってしまいました。「エエなあ田んぼは」と思いました。下手でも許すと無数の稲株が、否、田んぼという意味がjusaiを慰めてくれたのでした。与呂見とyoromiの重なるところに私たちの神秘的な兄弟たちがいる(下記、原詩のアンダーライン部分を拝借)

Into the Twilight  W.B. Yeats (1865–1939)           意訳 jusai123。

  OUT-WORN heart, in a time out-worn,        ほんとにぼーっとしてんなあ
  Come clear of the nets of wrong and right;     そのくせ、いいとかわるいかにだけは敏感だ
  Laugh heart again in the gray twilight,        もう陽が暮れる
  Sigh, heart, again in the dew of the morn.      昨日をまだひきずってやがんな

  Your mother Eire is always young,            あしもとの雑草が濡れてら
  Dew ever shining and twilight gray;           ほら輝いているだろう ほら輝いていただろう
  Though hope fall from you and love decay,    反対か賛成かでアタマいっぱいなんだろう
  Burning in fires of a slanderous tongue.       愛や希望だけで語れる問題なんかじゃないんだ

  Come, heart, where hill is heaped upon hill:    目はもう覚めたかい 芽吹きはじめた丘 
  For there the mystical brotherhood            不思議だと思えるかい
  Of sun and moon and hollow and wood        太陽によって輝く月が雑木林の後で笑っている
  And river and stream work out their will;        明日の話じゃないんだ 水の音が聞こえるかい

  And God stands winding His lonely horn,       善悪正邪の中に神はいないんだ
  And time and the world are ever in flight;       時間も世界もいいわるいの中にしかなかったんだ
  And love is less kind than the gray twilight,     おれらは今どこでなにをしているんだろう
  And hope is less dear than the dew of the morn 明日こそ優しくあれ 明日こそ
                                     The Wind Among the Reeds.  1899.

  井村君江さんの翻訳から原文を知りました。井村さんのは最高でした。完璧な詩ほど、微妙に勘違いをする翻訳が多いと思いました。未知なる世界に飛び込むんですから、翻訳にはそれなりの覚悟が必要なのではないかと思います。それに音韻がすばらしい。なまいき言ってしまいました。
Tさん、N(s)さん、それと、名前知らないです。

この人の草刈後は病的に美しい。

N(h)さん。この人の田んぼ技はあのgenさんをもってしてもわからないほど土木工学的です。

Tさん。

yoromi high way。この三叉路がsakataとの分岐点なんだな。むこうがわが、yoromiで、こちらがわがsakataです。

肉眼ではこのような光の具合ではなかったですが。







0 件のコメント:

コメントを投稿