2011年12月13日

ふるさとフェチです。

晩秋から初冬にかけて、ここらへんでは太陽があまり顔を見せなくなる。落葉した雑木山には紅葉が敷き詰められ、雑木山がひっそりとしてくるちょうど今頃の天気は一年の縮図のように、晴れては、曇り、時に時雨れたりして再び、一瞬陽がさしたりして、めまぐるしく変わります。ここで生まれ育ったものとしてはこの暗さとはげしさが結構好きですが、表日本からやってきた観光客の人たちの中には三日で気が狂いそうになるといううわさもささやかれたりしています。ふるさとの気候は本人からすればあたりまえなので、このような天候は他にはあまりないと言われるとちょっと、うれしかったりします。よそから来た人から聞いてはじめてそうなんだと気づいたのはそんなに昔のことではありません。中学校の地理の教科書には北陸一帯は世界でもまれな豪雪地帯なのだそうだ。暗くて、湿っぽくて、寒いところ。ちょっと好きです。
三つ子の魂の中のふるさとは停止したままです。舗装されていない道に根雪の冬。信号が初めてついた場所や初めての三階建ての建物をわざわざ見に行ったふるさとが標準となっている。全国展開されているスーパーや電気屋に行く自分に強烈な違和感がある。恥ずかしい。今は無き鉄道駅のホームの行き先表示の向こう側にはシベリアと書いてあったのは決して、冗談ではなかったのだと、今なら本気で思う。端っこ。日本の裏側で、しかも半島の突端の終着駅。暗くて寒いのはお天気なのか住民の心性なのかあいまいなまま中年となってしまった身からすれば、情報とマニュアルだけが光のようにおしよせてきていて、あたかもずうっと昔からこういう暮らしをしてきましたみたいな顔をして方言の駆逐されたレジや受付のマニュアルを必死になって笑いをこらえながら待つのはちょっと苦手です。なんだか恥ずかしい。



でも、日本の産業資本はあなどれない。コンビニの日本的発展は官民町内会一体となってもはや日本文化の一端を担いはじめているのではないだろうか。土日に息をついていた債務者に猶予を与えず、ほぼ全ての公共料金の滞納を支払えるようになっているのではないか。よく知らんけど。
けっこう好きです。簡易~器。買ってしまった。







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