2015年1月17日

時禱詩集 リルケ

 リルケの詩を読んでいる。志村ふくみさんが書かれた本の中にコピペされているテキストである。志村さんのリルケの熱い思いから説明されてあるが、そのテキストはぜんぜん心に入ってこない。志村さんのせいではない。詩の中のことばが独り歩きしてわたしの心に届いている。だからこそ、志村さんの散文が完璧にリルケのことばを捉えてあればあるほど、志村さんの散文は私にとってじゃまなのである。

 私が読んでいるという感覚が消え去って、ことば自身が直接私の意識内で響いている。むこうからやってくる。感情などなんの防御にもならない。読後の感動はない。そこではわたしがリルケの思いを引き継いでいる。

言葉は言葉にすぎないんだね。不安が同時にある。でも天上を見上げるリルケの言葉は私にも届いているんだね。

2015年1月6日

詩経国風 雨月物語 

雨月物語の原文が心地よい。読書という行為は目を起点にしつつも五感を越えた感覚をもたらしてくれるという意味で私自身の意識を越えた世界を文字通り見せてくれる。その証拠に偶然図書館で借りていた詩経の本がするすると読めるような気にさせてくれる。もちろん漢文は中国語そのものの本テキストだからなにを表現したのかは皆目わからないが、詩という形態そのものの呪術性が直接わたしの心に入ってくるような気がしたのでした。そして散文としての白川氏の理解した世界が直接(表現という抽象行為を経ずして)わたしに入ってくるのです。中国、正確を期するならば漢字を使うネイティブを理解せずして、現在使用している日本語のネイティブにはなれないのだという心の奥底からわきあがる問いを共有するのです。
 読書とは共有であって、わたしとあなたの差異を抽象するためにあるのではないのだということがわかる。そして問題そのものがわたしの問いに呼応するかのように文字としてある不思議。
漢文の素養があれば、ものごころのつかないうちに強制的にたたき込まれていたならば作文能力はおろか、日常会話にいたるまで、あるいは心内語にいたるまで滞りなく行われていただろう。もっと言うなら、心の悩みと現在思われている現象が実は言語使用能力の問題であっただろう。
 でもこうなってしまったわたくしにとって小さな政治的意図であったとしても、文句を明治維新政府の役人に言ってもはじまらない。なにより極東アジアのかたすみの小さなわたくしの自閉と逡巡があればこそ、漢字文化の対象化が可能であったのだからとわたくしの心は言う。言語はみたり聞いたり書いたり読んだりしているうちにわたしの心を乗っ取りすらしたけれども、わたくしはわたくしに反乱することなしにわたくしに出会わないということを思わせてくれるものもやはり言語なのだ。言語はそれそのものを無化することによってわたくしをわたくしたらしめてくれる。わたくしがわたくしそのものであるためにはそのような無を耐えられるように訓練することを避けてはならないのだということを教えてくれる。詩とは言語そのものである。時間が経てば記録に過ぎない。そして記録を残すのは人間ではない。詩そのものがわたくしなのであるから。